2018年8月24日号 Vol.332

映画制作からは逃げられない
戸惑うならやった方がいい

「あの優しさへ」
監督:小田香

現世ではトンネルの中で光を探し求め人々は生きていく。炭鉱の洞窟ではヘッドライトが照らし出す世界を頼りに、鉱夫たちは一歩一歩進んでいく。ヘッドライトの先に何が待っているのか、その周りの暗黒の世界には何が潜んでいるのか、生きている間、模索しながら進み、後退し、我々は自分の存在価値を見出していく。

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大阪府生まれのドキュメンタリー映画監督、小田香。「私、ゲイなんですけど..」とのっけから自分のアイデンティを明らかにして語り始める彼女の潔さは、自分が同性愛者であることを告白する初監督作品『ノイズが言うには』以来、変わっていない。しかし、同時に家族にカミングアウトする自らの姿を収めた同作以来、そのやり方について、常に葛藤していた。その一つのけじめとして、今回ジャパンカッツで上映された、自称エッセー映画『あの優しさへ』を制作した。

「一つ一つプロジェクトによって、何を伝えたいかとか、映画を作るのか、必要性みたいなものって違うんですけど、処女作以来、うまいこと自分の中で決着できていなくて、それで。ボスニアに三年間住んだ後、何かまとめるんだったら、今だと思って、もう一回自分に向き合ってみようと思って作った作品がこれです。だから、作る前も作っている時も、ゴールとかこれを伝えたいって、作り始めたわけではありません。ただ素材はもうあったんですよ。ずっと貯めてたものがあって、編集の段階で、こう言葉を入れていったりとか、って考えていった感じです」

サラエボの炭坑夫を描いた『鉱 ARAGANE』(2015)は山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞受賞し、高い評価を得た。そして、『あの優しさへ』でも長方形の真っ黒のスクリーンの中に、洞窟の中のヘッドライトが照らし出すかのような、丸いカメラレンズのような円形の中のみに被写体を映し出す手法が使われているが、それは意図的なアプローチでもあった。

「ARAGANE、炭鉱においては、それだけしかオプションがなかったわけですが、今回は、じっくり見るとか、拡張して見るとか、集中させる、何か細部を見せるという、そういう気持ちや狙いはありました。それと、私たちは視野がありますけど、こうやって見てる時って、やっぱり、そこしか見てませんよね。この情報って、ただあるだけで、でも、しっかり受け止める情報ってのは、焦点が合ってるとこしかないんです。まぁ、そんなことも、ちょっと表現できたらいいかなって思っていました」

小田監督のターニングポイントともなったであろう三年間のサラエボでの生活。彼女がサラエボへ行く決心をしたのは、映画監督のタル・ベーラが指揮を取る「film.factory」で映像を学ぶことがきっかけではあったが自問自答の連続から一歩脱出する為でもあった。

「サラエボへ行く前は、自分が何をやっているのか、もしくは、映画続けるのかわからなかったです。サラエボで勉強している時は、もっとわかんなかったです。そういう状況だったからこそ、本質に近寄る努力をみんなでしたかなって思います」

その結果、小田監督は『映画』を好きになり始めた、と言う。

「制作だけではなく、映画そのものが好きになりました。映画っていうものを、やっと知り始めたって、今、思います。もちろん、まだまだ勉強途中ですけど、サラエボで、『映画』に出会ったのです。私にとって映画と映画制作って全く別なんです。映画制作はライフワークですし、大好きですけど、映画を観るっていうことだったり、そこから何か受け取るってことって、それまで、ずっとしていなかった。ボスニアがきっかけ。映画って本当に凄いなぁ、って思います」

そして、今。小田監督はサラエボの3年を経て、映画に向き合い、けじめとして、『あの優しさへ』を制作したが、答えは出たのだろうか。

「一応、はっきりとしたステートメントを私は一番最後映画の中でしてますけど、はっきりとは出ていません。でも実は動作をしながら、足踏みすることって大事かなっていうのは、一つの答えだとは思います。それが作品の中でどれくらい現れているかは、わかりませんが..」

小田監督は自問自答を続けながらも、映画の旅を続ける。

「どっちにしろ、何かをすることから、もしくは、映画制作をすることからは逃げられないと思っているんですよ。やらなかったらイライラする。やっても戸惑うこともある。それでもやった方がいい、っていう感じです。まぁ、こう選択肢があるだけ私はあの幸せな方だと思います」

洞窟でも、ヘッドライトが自分が進むべき道を示してくれるわけではない。ヘッドライトが映し出すものの中から、さらに自分が求める道を極めていくことこそが大切なのだ。小田香監督の映画は、まるで洞窟でのヘッドライトのように、一筋の光となって輝きを帯びる。


あの優しさへ
Toward a Common Tenderness


サラエボの炭鉱を撮影した『鉱 ARAGANE』(2015)で山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞受賞など独自の視点でドキュメンタリー映画を制作する小田監督がおくる新作はパーソナル・ドキュメンタリー。小田監督の生まれ故郷である日本で撮影した私的な映像とアートシネマ界の巨匠・タル・ベーラ監督がサラエボで開いたフィルムスクールで学んだ3年間の授業の中で撮影した未使用のフッテージを使用し、性の問題を抱える人々、国境を越えての対話、貧しさや労働についてなど、力強いカメラワークとともにドキュメンタリー映画の本質を問う。ライプツィヒ国際ドキュメンタリー映画祭で上映されるなど、海外でも反響を呼んでいる。

2017年|63分
監督・小田香
(Photo: Toward a Common Tenderness © 2017 FieldRain)


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