2021年12月17日号 Vol.412

民主主義の劣化を憂う(2)

物価高で不況の恐れ

何よりも、経済が変調をきたしている。7〜9月のGDP伸び率は4〜6月の年率6・7%から2%に急降下。デルタ型ウイルスの蔓延で個人消費が減退したのが理由とされているが、アメリカの消費者物価指数は 5月からずっと5%超え、11月には6・8%に上がった……ガソリンなど資源価格や食料、衣料品の急騰による消費意欲の減退要因の方が大きいように思われる。放置すれば70年代カーター政権下のように「物価高での不況=stagflation」に陥りかねない非常事態だ。

バイデンは感謝祭直前に日本やイギリスなど同盟国にも同調を呼びかけて戦略石油備蓄の放出という禁じ手を強行した。政権支持率低下に直結するガソリン高を堰き止めようとの意図は明白だが、物価高への対応は終始後手に回っており、カーター政権の再現という感じがする。

「America is back」にしても、国際社会の反応は芳しくない。前政権から引き続いて、対中国では厳しい姿勢を見せ、日本、インド、オーストラリアとの4国連携を示す「クアド」や、イギリス、オーストラリアとの軍事協力を掲げる「AUKUS」を作って見せた。が、その後の習近平主席とのライブ対話では、例によって融和的な微笑先行で、貿易や人権、東シナ海・南シナ海における現状変更など、中国が進める覇権主義的政策の変更を迫る厳しい気概と迫力は微塵も感じられなかった。ブリンケン国務、オースティン国防両長官やサリヴァン安全保障補佐官ら側近の顔ぶれを見ても、能吏タイプというだけで、国際社会を覚醒する革新的な政策を立案実行できる人材には見えない。今の国際社会は、間違いなく「非常時」であって、創造力と想像力に富み、実行への迫力を備えた重量感ある人材の配置が望ましいのだが、現状は真逆と言って良い陣容だ。


2021年6月25日、ホワイトハウスでアフガニスタンのアブドラ・アブドラ議長(左)とアシュラフ・ガニ大統領(中央)と会談するバイデン大統領 (25 June 2021)

国辱もの、撤退劇

特に非難を浴びているのがアフガンからの米軍撤退に伴う混乱で、humiliation国辱とさえ言われる。米軍撤退にあたり、タリバンの戦力と意図をどう分析評価していたのか……タリバンは20年前にテロとの戦争で駆逐したはずだったが、根絶できぬまま、アメリカが作り上げた政権に対抗し、武装闘争を強めていた。タリバンが政権転覆を狙っていたことは明白だったにも拘らず、そのタリバンがどういう戦略・戦術でコトを進めてくるか、政権内部で十分な検討がなされた形跡は全くない。1兆円を超す最新兵器を供与した正規軍があっけなく降参……これは一にも二にも、バイデンがタリバンの評価を誤って、米軍の撤退を天真爛漫に進めた結果に他ならない。

9月のギャラップ調査では、支持率が就任以降最低の43%に下がり、10月は42% に落ち、不支持52%、11月には不支持が55%まで増え、トランプの支持・不支持と同じようなパターンになった。民主党の岩盤支持層と言われる有権者の間にさえ「バイデンで本当に大丈夫?」 と疑う空気が漂い始めている。大統領に必要な知見と確信を持っているのか信用できない、というわけだ。22年の中間選挙で民主党は上下両院の多数を失う確率が高いと言われる。さらに2年後の大統領選挙、バイデンは出馬を示唆しているが、再選の可能性は限りなく低い。すでにあからさまな兆候がある。11月のヴァージニア、ニュージャージー両州知事選、民主党の金城湯池で接戦となり、ヴァージニアでは政治に素人の共和党候補に敗れた。

総じて言えば、バイデンという政治家には独自の経綸哲学が備わっていない。むしろ、付和雷同性が強く、時流に同化しやすい。何よりも、大統領としての重み、貫禄がない。「この人に任せておけば大丈夫」という安定感もない。頼りないのだ。「華がない」とか「カリスマに欠ける」と言う批判はまだ生ぬるい。大統領の器ではない。

厄介なのは、このような姿を見て、トランプが元気になりつつあることだ。次の大統領選に再出馬する意向を示しているだけではない。22年中間選挙での勢力拡大に向けて精力的に動き始めている。





トランプ人気の背景

敗れたとは言え、20年選挙でトランプは7千4百万を超す票を得た。得票率46・9%は、勝利した16年選挙を0・8ポイントも上回っている。下品で不条理で恥知らずの人物がなぜこれほどの票を得られるのか? そこには先に述べたエスタブリッシュメントによる既成の政治への根強い反感がある。それを産んだのは、グローバリズムの中で欲得丸出しの自由競争が奨励された結果生じた、かつてない富の格差だった。

グローバリズムの根本は市場経済である。市場経済とは自由で公正な競争で成立するが、競争には常に勝者と敗者がある。欲得ずくの競争で勝利すれば大いなる所得を得るが、敗者は失うだけで何も残らない。その結果が、かつてない貧富格差を生み出した。

敗者は、競争に参加したものだけではない。競争に参加できなかったものも敗者となる。つまり、勝者は、インターネットで実現したリアルタイムでカネの動く目まぐるしい競争に参加でき、独自の情報と、それを正確に分析できるスキルを備えた、ごく一握りの人間ということだ。彼らの多くは何も生産していない。キーボードを早く叩くことしかしていないからだ。不条理と言えば不条理である。だが、政治は、その不条理を見過ごしただけではない。勝者の側に立って奨励さえしたのであった。

モノづくりの現場で、農場で、10年1日の如くヒタイに汗して営々と働き続け、堅実ではあるが変わりばえのしない所得しか得られない白人労働者・農民は、こうした状況をどう見るか? 不条理な大金を瞬時に得て得意顔の同胞を敬い羨むより、反感を抱くだろう。この不条理極まる格差を無作為で放置し、時には奨励してきた政治にも不快感が募ったはずだ。そうした不満が憤怒に昇華するのを誰が止められよう。

16年の大統領選前には、こうした怒りが臨界点に達しようとしていた。反グローバリズムもその産物だ。「巨額の不労所得の源泉は世界規模に広がった金融資本主義であり、それを産み出したのがグローバリズムだ」……こうして「ワシントンのエスタブリッシュメントから政治を取り戻さなければ、自分たちは決して浮かばれない」という切羽詰まった思いが市場競争の勝者でない白人保守派の間に広がり、そこをつかまえたのがトランプだった。

トランプ自身は、営々と働いてきた労働者ではない。自己顕示欲の塊のような不動産業者であるに過ぎない。その過程では幾度も失敗をした。不動産開発の失敗は、金融機関や投資家や、建設関係をはじめとする出入り業者への債務を不払いにすることを意味する。多大の迷惑をかけるのだ。連邦破産法11条の適用を受ける(トランプは少なくとも4度)というのは、そういうことである。

しかしトランプは、自分のしてきたことはすっかり棚に上げて、既成の政治を口汚く罵ることに全力を挙げた。悪口というのは往々にして解りやすい。吸い取り紙に水を浸すように、トランプの主張は勝者でない白人保守派に浸透して行った。その多くは熱狂的なトランプ支持者となり、「これこそが文化だ」というものが現れる。その精神構造は、宗教への帰依と言っても良い。トランプ教とも言えるカルトだ。この傾向は弱まるどころか、ますます勢いを増している。


2020年10月、アリゾナ州の空港で開催したキャンペーン集会「Make America Great Again」でサポーターと対話するトランプ大統領(当時) (28 October 2020 / CC BY-SA 2.0)

機能マヒの民主主義

いま首都ワシントンの状況は「4+ゼロ」と言われる。2大政党のうち、共和党はトランプを頂点とするポピュリスト=国家主義的勢力と、従来の統治手段を通じて政策を推進しようとする伝統的保守派に分断され、民主党も、進歩主義的左派と従来型の穏健派が、政策的信念や優先課題の違いから分裂状態で、大統領職にあるバイデンも双方の隔たりを埋められない……この4つの勢力は絶対に歩み寄らないから相互の信頼や連携はゼロ、という意味である。これでは、意見の違いは話し合いで解決する、歩み寄る余地の見つからない時のみ多数決、という民主主義が機能するはずがない。

アメリカ民主主義の特徴は3権分立と言われる。行政府は立法府に予算編成・財政支出・戦争権限・条約締結の権限を握られている。立法府は司法府により、法律が憲法の規定から逸脱していないか監視される。司法府は、行政府に判事の指名を委ね、立法府に承認の権限を委ねている……checks and balances……3権が互いに抑制し合いながら均衡 を保つよう設計された。18世紀の終わりに、遥かな未来に向けさまざまな思いを込めて新しい国の制度を決めたであろう先人たちの深謀遠慮が、230年余を経て無残に引き裂かれようとしている。これを危機と言わずして何というか。(敬称略)

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