2021年12月17日号 Vol.412

民主主義の劣化を憂う(1)
国際ジャーナリスト:内田忠男

12月9、10日に「民主主義サミット」が開かれた。オンライン形式とはいえ、約90ヵ国・地域が参加、「新冷戦」とも言われる中、中国やロシアは招かれなかった。その冒頭でバイデン大統領は、「この10年の間に、民主主義国家の半数以上が(民主主義の)衰退を経験した」と述べ、中国、ロシアを念頭に「いま直面する課題に対処するうえで、抑圧的な政策がより効率的だと正当化し、彼らの影響力を世界中に輸出・拡散している」と非難するなどして、「民主主義の再生」を訴えたが、どれほどのインパクトを与えたか? それほど、民主主義の危機は深刻である。


参加者とモニターを通して対話を行う大統領(左)(Photo courtesy of U.S. Department of State)


2021年12月9日夜、オンラインで行われた「民主主義サミット」で、開会の挨拶をするバイデン大統領(Photo courtesy of U.S. Department of State)

アメリカの政治が著しく劣化している。

政治が、と言うより、民主主義の劣化、と言うべきかも知れない。そしてこれはアメリカに限ったことでもない。中国やロシアなどが全体主義的な専制統治を強めている中で、デモクラシーを重んずる国々のガヴァナンスが著しく弱体化している。そういう情勢下だけに、アメリカの劣化と後退が余計に見過ごせないのだ。

もう30年余りも前、世界は東ヨーロッパでの1989年革命を経て、社会主義統治に失敗の烙印を押した。第2次大戦の終結から40年余り続いた東西対立の冷戦構造に終止符が打たれ、国家統治の理念としては、西側のそれが東側に勝利した。ちょうど30年前には東側の盟主・ソ連邦という国家が解体消滅した。それを契機に、自由主義と市場経済を根幹に据えたグローバリズムが一気に開花した。しかし今、そのグローバリズムも勢いを失い、懐疑に包まれている。

私は、平和、自由、民主主義、人権、そして市場経済をベースにした資本主義と、国際的には多国間の協調が、実現可能で望ましい理念と考えてきた。ところが昨今は、そこに懐疑と疑念が生じている。その元凶の一人に、前大統領ドナルド・トランプという人物を挙げなくてはならない。



品性ゼロの前政権

トランプの治世は、フェイクニューズへの一方的非難で始まり、自らのフェイクニューズで終わった。歴史と伝統ある有力紙や、テレビの3大ネットワークとCNNが伝えるニューズは「ウソと欺瞞と偏見に満ちている」と一方的に断罪し、あろうことか、そうしたメディアを「国民の敵」とまで決めつけた。トランプの言う真理は、自らの騒々しく下品なトゥイッターと、FOXニューズなど限られたメディアが伝えるものだと公言し続けた。自由と民主主義への低次元の挑発である。

国の内外を問わず、虚言、妄言、暴言を連発し、大統領としての品性も矜持もかなぐり捨てた4年が過ぎて、20年の大統領選挙では、全米の得票で7百万以上の大差をつけられ、232人の選挙人しか獲得出来なかった。にも拘らず、「得票を盗まれた」と虚偽の主張を執拗に続けて敗北を認めなかった。つまり最後は、トランプ自身が醜いフェイクニューズを発信し続けたのであった。

有権者の審判に背く

ジョージア州の州務長官ブラッド・ラフェンスペルガーに対しては、"I just want to find 11,780 votes." ……「盗まれた1万2千近いトランプ票を見つけ出せ」と、実に1時間余りも電話で喚き続け、不正をそそのかした。共和党員の長官ではあっても、そして大統領の強烈な命令であっても、不正に手を貸すことはしなかった。

この選挙は、アメリカ民主主義の歴史における醜い汚点として長く残るであろう。ウオーターゲイト事件の告発に始まり、ワシントンポストで永年、独特の調査報道で鳴らしてきた ボブ・ウッドワードがポストの 政治記者ロバート・コスタとの共著で9月に出版した『Peril』 によれば、 連邦議会が選挙人獲得数を確定する1月6日の前日、トランプは名うてのウルトラ保守派弁護士ジョン・イーストマンをホワイトハウスの執務室に招き入れ、選挙結果をひっくり返す最後の「奥の手」を協議した……イーストマンの提案は、上院議長を兼務する副大統領が、開票結果の確定承認を拒否することで、大統領の選任を下院での投票に持ち込む……憲法は下院で各州1票の投票をすると規定している……そうなれば、共和党が勝った州を26にすることができ、トランプの再選が可能になるという「6ポイント・プラン」だった……しかし、マイク・ペンス副大統領が最終的にこのプランへの署名を拒否したことで、これが陽の目を見ることはなかった。

6日の議会乱入の際にトランプ支持者たちが「Hang Mike Pence=マイク・ペンスを吊るせ」と叫んでいたのは、ペンスの裏切りが許せなかったトランプの差金だった可能性が強い……アメリカの民主主義が想定を超えた危機に直面していたことが鮮明に描かれている。

「トランプにもう4年、大統領をさせるわけには行かない」――大方の有権者の強い危機感がジョー・バイデンを大統領の座に押し上げた。「トランプよりはマシだろう」という淡い期待も漂っていた。しかし、その期待は空しく萎もうとしている。



2021年1月6日、連邦議会議事堂の建物外でアメリカ国旗と「Make America Great Again」の旗を掲げた暴徒 (6 January 2021 / CC BY 2.0)

新鮮味欠くバイデン

バイデンは1942年11月20日、ペンシルベニア州スクラントンに生まれた。就任時78歳はアメリカの大統領史上最高齢である(2番目に高齢だったのはトランプの70歳、3番目はロナルド・レーガンの69歳で、若い方ではセオドア・ローズベルトの42歳、ジョン・F・ケネディの43歳)。東部育ちなのに大学はIVリーグには行かず、デラウエア大学からシラキュウス大学のロウ・スクールに進んだ。どちらも一流とは言い難い。

69年に弁護士開業。幸運にも73年にデラウエア州の連邦上院議員に空きが出た。デラウエアは全米で6番目に人口の少ない小さな州で人口移動も少ない。それから2008年大統領選挙でバラク・オバマの副大統領として当選するまで、実に6期36年間、セネターの地位にあったが、議員歴の長さの割に名だたる業績は残していない。「バイデン法」と名のつく法律も残さなかった。8年間の副大統領生活を含めて44年もの長きにわたって、確たる実績もなく口先だけで首都ワシントンの水を泳ぎ切った典型的エスタブリッシュメント……エスタブリッシュメントというのは、既成の政治秩序の中で既得権益に固執する政治エリートを指す言葉で、それに対する庶民の怒りが沸騰していることは後述する。

就任直後から国内に向けては「Build back better」、国際社会に向けては「America is back」と見栄を切ってきた。前者は「アメリカをより良い国に建て直す」との基本綱領で「Human Infrastructure=人的インフラ」に10年間で3.5兆ドルもの巨費を投ずる、とする。後者は、気候変動のパリ協定、イランとの核合意、太平洋地域諸国との自由貿易圏TPPから相次いで脱退、「国際協力などクソ喰らえ」で、「America First」を主張してきた前任者の外交政策から、国際社会との融和・協調に回帰することを謳ったものだ。

人的インフラの整備については、交通・通信・水道・発電など社会の基本的な施設の修復や新設から、気候変動を見据えた山火事・干ばつなどの災害対策、温暖化防止のための再生可能エネルギーへの転換などに加え、医療、介護、住宅、教育の無償化や子供手当の充実など 低所得者層・弱者を支援するための社会政策も含めた壮大な規模の政策だが、「大きな政府」を嫌う共和党はもとより、民主党内からも反対の声が上がって、3.5兆ドルから1.75兆ドルに半減させた。それでも議会には反対の声が渦巻いて成立が危ぶまれている。(次ページへ)

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