2021年12月17日号 Vol.412

ブロードウェイに観る
ポジティブな変化(2)

さて、今回はちょっと趣きの異なるミュージカル2本を紹介しよう。どちらも2020年3月に公演が始まった直後に中止に追い込まれ、この秋に再開した作品だ。

ボブ・ディランの詩情を味わう
「北国の少女」


「北国の少女」(ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー)は、アメリカ音楽界の大御所ボブ・ディランの楽曲を使ったジュークボックスミュージカル。

伝記ものではなく、独立した物語にディランの音楽が散りばめられている構成は、音楽劇に近い。アイルランド人劇作家コナー・マクファーソンが脚本・演出、2017年にロンドンで初演、オフ公演を経てブロードウェイにトランスファーした。

一見地味なようで、セピア色の古い写真のような情感が心に残り続ける佳作だ。


歌う時はイライアス(トッド・アーモンド)も知的障碍から解き放たれる (Todd Almond and the Cast of “Girl from the North Country”. Photo by Matthew Murphy)

大恐慌下の1934年、ミネソタ州ダルースの古びた下宿屋。経営は行き詰まり、主人ニックの妻エリザベスは認知症で19歳の養女マリアンは妊娠中、詩人志望の長男ジーンは飲んだくれだった。知的障害を持つ息子イライアスの世話に追われるバーク夫妻を始めとした下宿人たち、町の人々もそれぞれ問題を抱えていた。冤罪で服役していた元ボクサーが訪れ、マリアンと惹かれ合うようになる。サンクスギビングの夜、イライアスが湖に落ち…。

ミュージカルナンバーは約20曲。ぶっきらぼうにさえ聞こえるディランの歌が、恋人たちの哀切のこもったデュエットやゴスペルのようなソウルフルなコーラスへと、巧みに編曲されている。曲を無理にプロットにはめ込もうとせず、その場の登場人物が場面の区切りにスッと前に出て歌い出す。それが、口には出せない夢や希望を歌うことで昇華しようとしているようなカタルシスをもたらしていた。
筆者は「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「天国への扉」くらいしか知らなかったのだが、詩的な情緒に満ちたディランの歌詞に感嘆した。2016年にノーベル文学賞を受賞した理由がよく理解できた。
ディラン自身も本作を気に入ったようで、「この芝居の終わりには泣いてしまった」とインタビューで語っている。

最後は、ばらばらになってしまった家族が仲良くテーブルを囲む回想で終わる。薄闇の中に一条の光が差し込むような希望がそこにはあった。

Girl from the North Country
■会場:Belasco Theatre
 111 W. 44th St.
■$39〜
■上演時間:2時間30分
northcountryonbroadway.com


ゴスペル調の歌も。アレンジャーのサイモン・ヘイルは宇多田ヒカルの編曲も手がけた売れっ子 (The Cast of “Girl from the North Country”. Photo by Matthew Murphy)






元皇太子妃が歌い踊る
「ダイアナ」


国を問わず、ロイヤルファミリーに対するメディアや国民の関心は、時に常軌を逸することもある。ニューヨークに住む私たちも目の当たりにしたばかりだ。

本作は、ダイアナ元皇太子妃の生涯をミュージカル化するという大胆な試みで、トニー賞受賞作「メンフィス」のチーム、ジョー・ディピエトロ(脚本・作詞)とボン・ジョヴィの元キーボードのデヴィッド・ブライアン(作詞作曲)の作。



ダイアナ元妃は、名門スペンサー伯爵家の令嬢として生まれ、19歳でチャールズ皇太子と婚約。1981年に結婚し、ウィリアムとヘンリーの2人の王子をもうける。が、皇太子と(現在の妻)カミラ夫人の長年にわたる不倫や考え方の違いで溝が深まり、1996年に離婚。AIDSなど慈善事業に身を捧げた。1997年、パリで交通事故により死去。享年36歳。…こんなに若くして亡くなったことに、改めて衝撃を受けた。


ダイアナ役は何種類ものかつらを取り替えるそう(Jeanna de Waal. Photo by Matthew Murphy)

さて、舞台版でまず気になるのは、俳優たちの再現度だろう。ダイアナ元妃を演じたのはイギリス出身のジーナ・デ・ヴァル。ダイアナの雰囲気や仕草がしっかり身に付いている。出ずっぱりでほとんどの曲を歌いこなし、178センチだったダイアナ役のために12センチヒールを履き続ける努力には頭が下がる。
チャールズ皇太子役のロー・ハートランプは、実物よりハンサムだが気弱そうなところが役にマッチ。客席から「引っ込め!」と野次が飛んだ日もあったとか。

そして、目玉はやはりファッションアイコンとしても時代をリードしたダイアナの衣装! 世紀の結婚式のゴージャスなシルクのウェディングや通称「リベンジドレス」と言われた黒のタイトなミニが忠実に再現され、有名な衣装が登場するたびに客席から歓声が上がっていた。


ベテラン女優ジュディ・ケイのエリザベス女王は飄々とした印象 (Judy Kaye, Anthony Murphy and Roe Hartrampf. Photo by Matthew Murphy)

しかし、ミュージカルの出来としては、正直なところ、首を傾げずにはいられない。元皇太子妃の人生がオペラ的であることは異論の余地がないが、80年代風のポップロック(しかも、ほとんど印象に残らない)に乗せた三角関係の昼ドラにしてしまったのは一体なぜなのか…。

映画「スペンサー」、ドラマ「ザ・クラウン」と、ダイアナ人気は衰えることがない。…が、本号発行直前に閉幕のニュースが飛び込んで来た! ちなみに、本作はネットフリックスでも見ることができる。便利な時代になったものだ。

Diana, The Musical
■12月19日(日)まで
■会場:Longacre Theatre
 200 W. 48th St.
■$40〜
■上演時間:2時間15分
thedianamusical.com

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