2023年3月31日号 Vol.442

right
自らの「ありたい姿」目指して

服部 晃大
Hattori Akihiro
俳優

・出身:神奈川県

★スピルバーグ監督のSF映画「E・T」に魅せられた
9歳だった私は、同年齢の少年たちが、宇宙人と遭遇し交流していく姿に自分を重ねていました。それまでは、湘南海岸の小さな町でザリガニを取ったり、友達と追いかけっこをしたりして遊んでいた自分にとって、大都会の横浜に行き、巨大スクリーンでSF映画を観ることすべてが新鮮で新しい体験。何より、観客を物語の中へ、登場人物の心の中へ、引き摺り込んでしまう映画の魔力に惹かれたのだと思います。

★舞台役者としてキャリアをスタート
早稲田大学の映画研究会で監督を目指しましたが、役者として使われるばかりで自分の映画を撮る機会はありませんでした。役者として知られるようになり、同大学内の演劇サークルから舞台出演依頼を受け、舞台役者としてのキャリアがスタート。演じることが面白く夢中になり、気が付けば20年以上経ちますが、実は「演じることの楽しさ」を知ったのはごく最近です。



★「役者」であることの意義
最初に「役者」であることに大きな意義を感じたのは、人生初の海外公演(モスクワ)でした。初めて主演したロシアの古典劇、A・チェーホフ作「熊」(日本語上演)で、チェーホフ没後100年祭に招待されました。当時は20代半ば、技術も経験も少なく、ただ全力で演じ切るだけの無我夢中の公演でしたが、モスクワの観客からはスタンディングの拍手、メディアからも好評価を頂きました。国や言語、時間軸の枠を越え、受け継がれている舞台芸術。その大きな歴史の中にいる感触に、身震いしたことを覚えています。「これだけは、何があろうとも一生続けていくことかもしれない」と心のどこかで思っていたように思います。その後、2014年から数年間、東欧のベオグラードでの国際演劇祭、ベトナム国際実験演劇祭などで、再び国際舞台へ出演する機会を頂きました。現地の劇場スタッフ、各国から集まった団体や役者と時間を共にでき、一生忘れることのない、夢のような日々を送りました。舞台芸術とは、つまり人の生き様や物語は、国や時代を違えても変わることなく、人々を結びつけるものだと改めてその意義を確信しました。

★「演じる」ことの醍醐味
今でも説明に苦しむのですが、演じている最中に奇跡的に一瞬だけ訪れる「自分が自分でなく、完全に他人に成り代わった」と感じる覚醒的な瞬間があります。役者ですから、セリフもあるし、段取りもある、やるべきことがたくさんあって、常に緊張やプレッシャーと共存していますが、「その瞬間だけ」は、それらのことから解放され、全てを自分がコントロールしているという感触があるのです。ある意味、子どもが「想像力だけで遊ぶことができる状態」に似ています。スーパーマンやジャッキー・チェンになりきって遊んでいた時の、純粋に我を忘れて没頭できる創造的な瞬間なのかもしれません。私にとって演じることは、あらゆる立場の人々を肯定し弁護すること。善悪や常識を超え、彼らの行動と心理を理解し再現することです。観客に想像力を呼び起こさせ、日常では関わらない人々や文化への共感を促すことができれば、さまざまな分断や衝突を解決するための一歩になると信じていますし、そのことに使命感も感じます。

★40代で来米
日本の社会の中で、確実で安定的な生活を求め、「会社人生」を15年に渡り送ってきました。その一方で、大きなものの一部になることで、自分自身が少しづつ失われている、とも感じていました。東日本大震災を機に、さまざまな価値観の転換が起こり、本来の「ありたい姿」に耳を傾けるようになったのです。渡米は、これまで訪れたことのない土地、未知の文化や言語の中で、見失いかけていた自分をより強烈に感じるためだったと思います。去年は、多くの現場を経験し、様々な人々と知り合いました。第一線で活躍する俳優、監督、クルーの仕事なども、身近で感じられたことが大きな収穫。自らの力で道を切り拓こうとする素晴らしいアーティストたちが、このNYにいることを学びました。私も自らの活動領域を限定することなく、英語・日本語の両言語を活かし、さまざまな分野に挑戦する予定です。

avanzamento40@gmail.com
facebook.com/wellact
instagram.com/akihirohattori

Tweet
HOME