よみタイム|2025年3月14日号・Vol.489デジタル版 & バックナンバーはこちら

谷口恵子「日常風景をアートの場で作りたい」

谷口恵子「日常風景をアートの場で作りたい」

Keiko Taniguchi(茶道アーティスト
・出身:鳥取県

谷口恵子

★お茶は「コミュニケーションツール」
高校卒業までを過ごした鳥取での生活が、今の活動の原点です。実家では家族でお茶を入れ合っていました。抹茶ではなく、ほうじ茶や緑茶など、一般的なお茶を急須に入れて分け合う。誰かが学校や職場から帰ってくると、家にいた人がお茶を入れ、週末は1日に5回ほどお茶を入れていたと思います。お正月には、祖母の和室を茶室風に改造し、祖母の点てた抹茶を飲むのも家族の習慣。祖母と母は、裏千家の稽古経験者でしたが、新年のお茶はカジュアルで恒例の楽しい行事。お茶は、我が家のコミュニケーションツールでした。

★祖母からのプレゼント
ジェンダー教育や語学、異文化コミュニケーションに興味があったことから、大学はフェリス女学院大学に進学しました。学校のカリキュラムで、自分の意見を効果的に伝えるトレーニングがあり、「聞く力と伝える力」が同じように大切であることを学びました。

ある日、母からの荷物に森下典子著の「日々是好日」という書がありました。祖母からのプレゼントで、「好きだと思います、ぜひ読んでみてください」と、簡単な手紙が添えられていました。その本を読んだことから、茶道を通じて季節を感じたり、新しい喜びを感じたいと思うようになり、2016年に稽古を開始。茶道を始めて良かったことは、自分の生活に会社や学校と関係ない新しいコミュニティーができたことです。また、稽古をしていない時でも、季節の植物や季語に敏感になったこと、時の流れを感じながら過ごせるようになったことが魅力です。

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★ニューヨークで出会った自由なアーティストたち
大学卒業後、仕事で英語を使う場面がどんどん増えていったのですが、調べながら英語でコミュニケーションをとることがストレスで、「ある程度は英語を話せるようになりたい」と考えるようになっていました。仕事として英語を使いこなすには、日常会話レベルでは間に合わないことばかりでしたので、留学を決意。NYに姉夫婦が住んでいたことから、この街を選びました。NYで、二足の草鞋で、のびのびと表現活動をしている人々にたくさん出会ったことで、「アーティスト活動」というものを柔軟に考えられるようになりました。また、アウトサイダーアートやセルフ・トウト・アーティスト(Self-taught Artists)を知り、「美術大学を卒業していなくても、製作一本で生活していなくてもアーティストと呼べるのか、自由でいいな」と。様々なタイミングが重なり、友人たちのサポートと応援を受けながら、表現活動を始めるようになりました。

谷口恵子
展示「東風床(こちどこ)」で

★「茶道アーティスト」として活動
日本で茶道は「総合芸術である」とされていますが、茶室を作り人を招待してお茶を点てようとすると、一人の技量ではとても及びません。私はお免状をいただいていないため、人に教えることは難しく、お茶道具も伝統的な茶室も準備ができません。いろいろなものが足りない中で、自分の持っているものを活用して人とお茶を楽しみたい。そこで私は、現代アーティストや建築家の皆さんとコラボレーションすることにしました。自分なりの表現をしたいと考え、展覧会企画を開始。同時に、協力者を探す際、茶道とは関係のないアーティストと一緒にやりたいという思いがありました。伝統文化として、歴史とルールがある世界なので、どうしても「やってはいけないこと」に敏感になります。そういった私の壁を、現代アーティストや茶道関係でない人となら突破できるのではないかと考えました。実際、2024年4月に開催した展示「東風床(こちどこ)」でお茶を点てていると、子どもの秘密基地にいるように感じました。人が集い、何か楽しい作戦を立てられそうな雰囲気を持った、私たちの製作過程がストレートに具現化された場所になりました。

★将来のビジョン
アーティストとして、お茶に関わる表現を続けたい。一つはお茶を飲んで話すという日常風景をアートの場で作りたい。もう一つは、茶道のアクセシビリティをあげる活動を続けたいです。お茶や茶道の、歴史や伝統を勉強し続け、敬意を表しながら、自分も来場者もそこでの体験を楽しめる場所を目指したいです。
また、私がプロジェクトやパフォーマンスを続ける中で、来場者が数年後にまた足を運んで、パフォーマーとしての成長を見届けるだけでなく、参加者自身が境遇の変化に思いを巡らす機会になればすごく嬉しいです。現在は茶道の稽古を続けながら、夏の野点に関するビデオ作品に取り掛かっています。音楽家とのコラボレーションや、ニューヨークのギャラリーでのパフォーマンスなど、「東風床」を通じて知り合った人々と、次のプロジェクトを計画中。実現に向けて努力を続けていきます。

SNS @keiko_taniguchi_

谷口恵子

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