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Detail 120:民主党崩壊と自民党復権へ

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民主党崩壊と自民党復権へ
安倍政権、第二章の幕開け

2025年7月25日号掲載|11

2012年後半の日本は政局の季節だった。

連載の過去の回でも述べたように、小泉純一郎の退陣後、1年ごとに首相が代わる自民党に愛想をつかした有権者の「反乱」が起き、09年衆院選で民主党が一気に308議席を取って政権の座についたのだが、フタを開けてみればこちらも鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦が1年交代で総理大臣になる混迷ぶりで政権担当能力の欠如が明白になっていた。

鳩山 由紀夫
鳩山 由紀夫(2007年撮影)
菅 直人
菅 直人(2007年撮影)
野田佳彦
野田佳彦(2011年撮影)

「次の選挙は自民党の政権奪還」と誰もが思う情勢の中で野田は、消費税を上げて「社会保障と税の一体改革」とする政策に政権存続の望みを賭けた。

少子高齢化が進行する中、社会保障費の増加は著しく、その財源を確保し、明確化する必要に迫られていた。そこで当時5%だった消費税率を2010年代半ばまでに10%に引きあげることとし、その使途を年金・医療・介護・少子化の4分野に限定する案を策定したのである。

野田としては、増税の難しさは解っているから、与野党の別なく、国会の圧倒的多数で法案成立に進もうとしたのだが、膝元の小沢一郎、鳩山由紀夫ら党の元代表のグループが反対の立場をとった。自民、公明党としても、先の見えた民主党政権にタダで協力する訳には行かない。

野田は窮余の策として、両党が法案の採決に賛成してくれれば、近いうちに衆議院を解散して国民の信を問うことを約束。これが功を奏して、消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連8法案は、民主党議員の50人以上が反対票を投じたほか欠席した議員もいたのに、6月26日の衆院本会議で民主、自民、公明3党などの賛成多数で通過した。

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この年の通常国会の会期は6月21日までとされていたが、それを延長して法案審議が行われ、結局は9月8日まで78日間という異例の大幅延長となった。この間、自民党などは野田首相に解散時期の明示を繰り返し求めたが、野田は会期を終えるまで、約束実行の構えを見せなかった。(因みに、この時決まった消費増税は自民党が政権を奪還した後の14年に5%から8%となり、19年に10%に引き上げられた)

国会閉会後、民主党と自民党はそれぞれ代表、総裁の選挙が行われる。9月21日の民主党代表選では、野田が問題なく再選されたが、1週間後の自民党総裁選は激戦となった。石破茂、石原伸晃、安倍晋三の3者を軸とした争いとなり、安倍に対しては、第1次内閣を放り出した辞め方への批判から、出馬に反対する声も少なくなかったが、安倍は耳を貸さず、立候補を強行した。

総裁選は、党員・党友票を都道府県ごとの国会議員数にドット方式で分配・凝縮する地方票と、それと同数の国会議員票の合計で争われる。地方票で優勢な石破の1位は確実視されたが、過半数には届きそうになく、2位争いと、その後の決選投票を視野に入れて各陣営が熾烈な争いを繰り広げた。

地方票では予想通り石破が165票、安倍の87、石原の31と続いた。国会議員票では石原58、安倍54、石破34で、合計すると石破199に次いで安倍が141票を得て2位となった。この二人による決選は国会議員の投票だけで決まる。政権を失った09年総選挙で衆院の議席が119まで減っていたことで、自民党国会議員の総数は200にも満たぬ少数だったが、圧倒的優位にあった石破への支持は89票にとどまり、108の安倍に敗れることになる。

あまりにあからさまな逆転劇に、決選投票にも地方の意思を反映させるべきとの議論が起き、以後、47都道府県に各1票ずつ割り当てることになったが、1票ではほんの申し訳に過ぎず、自民党というのは、所詮、国会議員の集合体に過ぎない実態がより明確になっている。(次ページへ続く)

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第2次安倍内閣

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