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Detail 114:ポスト小泉、不毛の6年

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2025年3月28日号掲載|11

ポスト小泉、不毛の6年
政権交代も期待裏切る

09年は日本の政界にも大きな動きがあった。

暑い盛りの8月30日に行われた衆議院選挙で、野党だった民主党が実に308議席を獲得して圧倒的な第1党になったのである。自民党は、181議席も減らして半減以下の119議席しか取れず、1955年の結党以来初めて衆議院第1党の座を失った。

この大勝・惨敗は突然起きたわけではない。06年9月に小泉純一郎が総理を辞任して以後、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の3人が首相になったが、どれも落第だった。

目指す政策目標を明快に宣明した透明性と、政策実現に向かうスピードで、まさに「有言実行」の手本のようだった小泉、示した政策が党内や国会に反対が多いと知ると、「国民の声を聞く」と衆院を解散した。郵政民営化の是非を巡って行われた05年9月の「郵政選挙」はその結果である。小泉は、この選挙で悠々勝利して目標の郵政民有化を果たすと、未練どころか、さっさと総理を辞任した。

総理大臣

ここで犯した小泉の最大の過ちが後継に安倍を指名したことだった。1年足らずで退陣した安倍に限らず、同じ1年交代だった後の2人もウジウジと何をしたいか判らない上に決断が遅く、政策が前に進まない。当然、有権者の人気は低迷した。

3人目の麻生に至っては、「漢字が読めない」などとからかわれるお粗末に加えて、総理大臣の専権である「解散権」を使えないまま、小泉が圧勝してみせた郵政選挙の議員任期ギリギリまで追い込まれ、真夏の選挙を選択せざるを得なくなった。「破れかぶれ解散」と言われたもので、初めから勝てるはずがなかった。

ただ、そこで登場した民主党政権が、輪をかけて酷いもので、日本の政治は小泉が辞めてから6年、有権者・納税者の期待に全く反する無策・無能・無力を露呈したのだった。

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総理大臣の1年交代は民主党も同じだった。1番手で登場したのが鳩山由紀夫。

首相も務めた鳩山一郎の孫、大蔵次官威一郎の長男という血統でありながら、その性格は奔放というより無責任。スタンフォードのPhD課程留学中に世話になったサンフランシスコの日系人家庭から、下世話な言葉で恐縮だが、若奥さんを寝取ってアパートに囲い、その女性と結婚したという来歴もある。政界入りしてからも奇言奇行数知れず、政権交代が確実視された09年総選挙では、沖縄県で普天間基地の名護市辺野古への移転に反対が多いのに目をつけ、「移転先は最低でも県外」と発言して、これが民主党の「公約」と同一視された。

辺野古への移転は、橋本政権時代の97年に、カーター政権の副大統領で駐日大使を務めていたウオルター・モンデールとの間で決まったもので、いわば国家間の約束事だったが、選挙での集票を目的に有権者に媚び、一存でひっくり返した。総理就任直後の09年11月に訪日した米大統領バラク・オバマと会談した際には、「Trust me」と胸を張ったと伝えられたが、いったい何を「信じろ」と言うのか、オバマも「何を言おうとしているのか不明だった」と回想している。翌10年4月の核安全保障サミットでは、オバマとの首脳会談を再三要請したが、ニベもなく断られた。

しかも、その翌月には、「学べば学ぶにつけて(アメリカ海兵隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」として、「県外移設を先送り」すると表明。「学べば学ぶにつけ」と言うのは、総理になるまで「学んでいなかった」のを白状した形で、こんな鳩山をワシントンポストのコラムニスト、アル・ケイメンは「loopy」と表現した。Loopyとは、「訳のわからない」つまり「間抜け、バカ」ということだ。

迷走を重ねた挙句に支持率が急降下。6月2日には、民主党の両院議員総会で、「国民が聞く耳を持たなくなった」と告白、首相退任を表明、記者会見も開かずに在任266日で辞職した。(次ページへ続く)

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総理大臣

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