よみタイム|2024年7月12日号・Vol.473デジタル版 & バックナンバーはこちら

Detail, 101:暴走するアメリカの思惑

暴走するアメリカの思惑
イラク侵攻に安保理は難色

前号で書いたエヴィアン・サミットとやや前後するが、アメリカを中心とするイラクへの武力行使が現実味を帯びるに従い、ニューヨークにある国連本部の動きも急になった。

戦争を防ぐ国連の機構は申すまでもなく安全保障理事会(以下安保理)である。冷戦終結後のグローバル化の進展で、国際社会には平和への希求、戦争のない世界、各国の理性的行動への確信が広がり、武力行使は究極の選択で、根拠の希薄な軍事侵攻には反対する国が多かった。手前勝手な論理で武力を振り回し、知性も合理性も説得力もない議論の応酬だけで、いとも簡単に拒否権を行使して何も決まらない機能不全に陥っている近年の安保理とは一味も二味も違う、真っ当な議論が飛び交っていた。残念ながら日本は非常任理事国に選ばれておらず、「蚊帳の外」だったが、だからと言って安保理の動きを無視できるものではない。ニューヨーク駐在の私たちも多忙を極めた。

安保理は、September 11以後の01年11月と03年1月に、テロに関する外相級会合を開き、テロが「国際の平和と安全に最も深刻な脅威を構成する」ことを強調し、平和への脅威はアフガニスタンなど局所的なものではなく普遍的なものだという認識を共有していた。そこには、イラクなどが隠し持っているかも知れないWMD=Weapons of Mass Destruction=大量破壊兵器による潜在的脅威も含まれていた。

国連で演説するブッシュ大統領
2002年9月12日、ブッシュ大統領は国連総会で演説し、アメリカがイラクに攻撃をしかける正当性を主張した。(White House photo by Paul Morse)

アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュは、02年1月のState of Union=一般教書演説で、イラン、北朝鮮、イラクを「Axis of Evil=悪の枢軸」と一括りにし、テロと大量破壊兵器の結びつきが国際社会に大きな災厄をもたらす最大の脅威と位置付けていた。そしてこうも付け加えていた。

I will not wait on events, while dangers gather.

危険が現実になるのを待つことはできない……その前に、こちらが攻め滅ぼす。

ブッシュは、後のトランプほどではないにしても、国益優先の外交政策に傾斜していた。気候変動対策としての京都議定書や、ABM=弾道弾迎撃ミサイル制限条約からの一方的離脱に続く形で、国際協調を無視した戦争に踏み切るのではないか、という懸念が広がっていたが、ブッシュとしてもアメリカ単独でイラクを攻撃する選択には消極的だった。02年5月末の段階で欧州歴訪に出て、イラク攻撃への支持を取り付けようとした。

だが、仏独といった重要な同盟国の賛同は得られなかった。国内でも、私自身、旧知で共和党外交の長老でもあるヘンリー・キッシンジャー博士を訪ねると、「イラクが大量破壊兵器を隠しているという証拠がない。(イラクのサダム・フセインが)独裁者で気に入らないから抹殺するというのは大人の政治家がすることではない」と明快に反対。父ブッシュの国務長官を務めたローレンス・イーグルバーガーもイラクへの戦争行為には懐疑的と伝えられた。しかし、政権内部では国務長官のコリン・パウエル、安全保障問題大統領補佐官のコンドリーサ・ライスといった「良識派」であるべき高官がブッシュの意志を後押ししていた。

連邦議会も02年10月時点で、イラクに武力行使する権限を大統領に与える決議を上下両院で採択した。イラクが安保理決議に反して大量破壊兵器を開発・所持し、それらを直接あるいは自国内に匿っているアルカイダなどテロリスト集団を通じてアメリカなどに使う恐れがあり、またフセイン政権がイラク市民に残虐な抑圧を続けている……といったブッシュの「言い分」を列記した上で、「イラクによってもたらされる継続した脅威に対しアメリカの安全保障を確保すること、イラクに対し安保理決議の実施を強制することを目的として、イラクに対する武力行使を認める」と記している。議会も、安保理の権威を担保として、イラク攻撃の正当性を主張しようとしていたのだ。

しかし、国際社会の多くの国々が、これを受け入れなかった。 一つには、イラクが隠し持つという大量破壊兵器について厳然たる証拠が示されていないこと、もう一つは、フセインの圧政というが、当時のイラクには91年の湾岸戦争直後のような内政の混乱はなく、武力行使に踏み切れば、中東の地域秩序が崩壊し、ユダヤとアラブ、2国家共存を早期に確立しようとしていたパレスティナ問題の進捗を妨げることへの懸念の方が大きいとされたのである。

それでもブッシュは、9月12日の国連総会での演説で、「我々にとっての最大の恐怖は、テロリストたちが<ならずもの国家>から得た大量破壊兵器を使って<狂った野心>を具体化する近道になることであり、イラクこそが、その危険の中心にある……重大で危険を増しつつあるフセイン政権にどう対処するか、この共通の挑戦への決議に向け、アメリカは安保理と共に働いて行く」と述べて、イラクへの軍事行動が避けて通れないことを強調していた。

安保理は、こうしたアメリカの姿勢を忖度して、11月8日には決議1441を全会一致で採択する。「イラク政府は決議採択後30日以内に、大量破壊兵器開発に関する宣言書を提出する、45日以内にIAEA=国際原子力機関とUNOVOMIC=国連監視検証査察委員会が査察を再開し、査察開始から60日後に結果を安保理に報告する」ことを規定した。アメリカとしては同調したイギリスと協力し、この決議を敷居として、イラクへの武力行使を認める決議の採択に走り込もうと考えていた。

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この目論見は、しかし通らなかった。03年1月20日に開かれた外相級会合で、独仏露が強力な論陣を張ったからであった。

ロシアのイヴァノフが言い放つ。「国連の支援の下での国際テロ根絶に向けた多次元戦略は、既に有効性を証明しており、国連(の行為)は憲章と国際法という堅固な基礎に基づかねばならない。一国だけの手段に訴えることで、反テロ連合の結束を脅かしてはならない」――虚をつかれたコリン・パウエルは、「我々は自らの義務と責任から萎縮して逃れるべきではない」と反論するのがやっとだった。追い打ちをかけるように、フランスのド・ヴィルバンが言い募った。「今日の段階で武力行使を正当化するものは何もないと我々は信じている」。

イラクは上記決議で指示された宣言書を12月7日に提出、査察も、やや遅れたが12月27日には再開された。米英は、宣言書や査察への対応に不確かな部分が多いと指摘したが、フランスなどは「だからこそ査察の継続に意味がある」と主張して譲らなかった。

イラクは、91年の湾岸戦争終結の条件を定めた安保理決議687で、生物化学兵器と射程150キロ以上の弾道ミサイル、核兵器やそれを生産する設備を無条件で廃棄するとともに、国際テロリズムを否認し、テロリストの活動を支援しないことを約束しており、米英などは、02〜03年当時のイラクが、これに違反している疑いが強いと判断していた。

イラクでの査察の報告は1月に続き、2月14日にも行われたが、安保理内での評価は2分した。米英やスペイン、ブルガリアなどがイラクへの不信感をあらわにしたのに対し、中国、ロシア、ドイツ、フランス、メキシコ、パキスタン、チリ、カメルーン、アンゴラ、シリア、ギニアの外相は、査察は中断されるべきでなく、強化されるべきだ主張し、イラクに「重大な結果」(戦争の意味)を招くとする新たな決議の採択にも強硬に反対した。米英も安保理決議に基づくイラク攻撃の発起を断念せざるを得なくなった。

戦争はそれでも起きたが、超大国アメリカの強い意志に逆らっても、安保理が戦争に歯止めをかけようとした数少ない例だったのである。(敬称略、つづく)

国連で演説するブッシュ大統領

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