よみタイム|2025年2月14日号・Vol.487デジタル版 & バックナンバーはこちら

TRUMP PROOF 迫りくる嵐、米国民主主義の行方|文・内田忠男

閣僚は忠臣ばかり

トランプ人事

そのマール・ア・ラゴで行われている政権移行作業。ある程度予想していたとはいえ、閣僚の人選には、やはり驚かされた。「仲良し内閣」などという形容ではすまない、トランプの忠臣ばかりを集めている。指名に当たって良識派とされる共和党有力者の助言に従い組閣した結果、トランプと気が合わない閣僚が続出した1期目の〝失敗〟に懲りて、今回は純・自前の組閣を行なっている。

最初に打ち出されたのはDept. of Government Efficiency=政府効率化省の新設だった。「省」と言っても政府機構の外側から、官僚主義の解体、構造改革、歳出削減などに大ナタを振るうのだという。トップにはイーロン・マスクと、バイオ・ベンチャーで知られるビベック・ラマスワミの二人を据えた。実際はマスクだけがトランプに密着して、首席補佐官に指名されているスーザン・ワイルズとともに作業を進めている。不思議なことに、そこに副大統領となるJDヴァンスの姿はない。

結果として指名される閣僚予定者には驚かされるケースが多い。刑事訴追を主導したとしてトランプが最も敵意を燃やしてきた司法省の長官には、性的人身売買や薬物使用などの醜聞にまみれたマット・ゲーツという下院議員を指名。本人が辞退を表明してフロリダ州司法長官を務めたパム・ボンディにすげ替えたが、このボンディも、長官時代にトランプの財団から賄賂を受け取った嫌疑がかけられている。

さらに、副長官には、トランプが起訴された裁判で弁護人を務めてきたトッド・ブランチという弁護士を指名、もはや恥も外聞もない人事だ。

国防長官に指名したのは、トランプが唯一お気に入りのTVネットワーク、フォックスニューズで8年間司会を務めてきたピート・へグセス。イラクやアフガニスタンで軍務の経験はあるが、階級は下士官止まり。こうした人物がペンタゴンのトップに座った前例はない。このヘグセスにも、過去に性的暴行を犯した疑いがかけられている。

厚生長官には、選挙戦中にインディペンデント候補からトランプ支持に変身したロバート・ケネディ・ジュニア。ワクチンに懐疑的な言動で知られ、保健行政に混乱を招くことが懸念されている。

エネルギー長官には石油・天然ガスの採掘会社トップのクリス・ライトが指名された。気候変動危機の否定論者で、化石燃料開発の強化を主張している。

イーロン・マスクが経営する会社を監督することにもなる運輸長官は、これもフォックスニューズで番組の司会をしていたショーン・ダフィ。教育長官は、プロレス団体WWEでCEOを務めていたリンダ・マクマホンで、彼女は政権移行チームの共同議長でもある。

このほか、環境保護局長官のリー・ゼルディン、国家安全保障問題の大統領補佐官のマイク・ウォルツはともに名うての保守タカ派で知られる。

さらに、成り行きによっては脱退も辞さないとされる北大西洋条約機構NATOの大使に腹心とされるマシュー・ウィテカーを指名した。トランプが「米国の利益を追求し、守る忠実な愛国者」と形容したように、誰はばかることのない生粋の米国第一主義者だ。

もう一人、トランプから「sweetie」と呼ばれ、最側近とされるのがナタリー・ハーブという33歳の女性。そばに居る時間が一番長く、最新の情報を伝える。保守系ケーブルテレビに出演していたのがトランプの目にとまり、陣営に呼び込まれた。テレビ出演者から呼ばれるケースが多いのは、トランプの嗜好のせいか。いずれにせよ、自分の好み最優先で、業績や先進的思考などはほとんど考慮に入れず、選択の幅が異常に狭い。

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身構える世界

2期目の政権がスタートしたら何が起こるか? 端的に言って、何が起こるか予測できない。トランプの興味はdealだと言われても、どのような案件をdealに持ち込むのか分からない。仮に案件を絞れたとしても、どういうdealを仕掛けてくるか分からない。

トランプの価値観は一定ではない。時により場合によって変わる。その場の思いつきでも変わる。予測不能なのだが、それを敢えて先回りしようという動きは欧州から始まった。

トランプは、欧州で戦争が起きてもNATOの防衛義務を守らない可能性に言及したことがある。ウクライナ支援の見直しも主張してきた。

首都ワシントンでは、今年の4月ごろから、欧州諸国の外交官たちがトランプに近いと思われる人物のリスト片手に動く姿が目立つようになった。彼らの関心は、第一にウクライナへの支援策だ。トランプの腹の中を探ろうとアプローチを試みた相手は、1期目に国家情報長官を務めたジョン・ラトクリフ、国務長官だったマイク・ポンペオ、国家安全保障補佐官のロバート・オブライエンら。イギリス外相のキャメロンはフロリダまで出かけてトランプ本人と会談した。
欧州内部でもトランプ時代に備え、「欧州の防衛をどうすべきか」の議論が盛んに行われた。欧州の防衛はより一層欧州人が負担すべきだという論点から、NATOでもさまざまな組織改革を行い、「欧州化」を進める動きが顕著になっている。一例を挙げれば、ウクライナ支援兵器の集積所を在欧米軍基地からNATOの基地に移す動きも始まっている。

そうした中、アメリカとベルギーのシンクタンクに席を置くレイチェル・リッツォとマイケル・ベンハムの二人が、「NATOにおける欧州連合=EUの役割強化」と「権力移譲の組織化」という提案をして注目された。後者については、伝統的にアメリカの将軍が務めてきた欧州の連合軍最高司令官をはじめ、ナポリにある地中海司令部など、地域司令部の司令官を欧州の軍事指導者に移譲すべきとするもので、欧州側も、それに向けて防衛力を強化し、ビジョンの統一を図らねばならないとする。欧州の「核の傘」についても、より踏み込んだ議論を重ね、欧州人が核射撃の戦術的責任を負うべきだと提案している。

脱欧州を言い出し兼ねないトランプに先んじて、欧州側が、より自立性の高い体制を整えようとする動きに見える。
新執行部が12月1日に始動したEUでは、再任したフォンデアライエン欧州委員長が、欧州議会での演説で、「ロシアがGDPの9%を国防に費やしているのに対し、欧州の平均は1・9%程度に過ぎない。防衛費を増額する必要がある」と主張。その後の記者会見では、「時間がない。我々は重大な政治課題に直面している」と述べた。Trump Proofを急げ、と言っているように聞こえる。

関税の問題もある。トランプは、選挙中から当選後も含めて、「私の辞書にはtariff(関税)以上に美しい言葉はない」と得意げに話し、就任早々から追加関税の大統領令を発する構えを見せている。

11月26日付日本経済新聞の1面トップ記事は、前文に、<リコーは米国向け事務機の生産拠点を中国からタイに移す。新政権発足前から企業に新たな負担を強いる形となり、世界経済の先行きに影を落とす>と書き、直後の本文では、<トランプ氏は選挙期間中から全ての輸入品に対して10〜20%、中国製品には60%関税を課すと公言してきた。25年1月20日の新政権発足後、大統領令で「トランプ関税」の発動は可能だ。米国企業は目先の関税回避策として、駆け込みで在庫積み増しに動いている>と続け、24年中のアジア発米国向けコンテナ輸送量が過去最高に達しているとして、「トランプ再選が現実性を帯びるにつれ、駆け込み輸送の勢いが増した」という商船三井社長の談話も引用、<米靴小売りスティーブマデンの経営陣は7日の決算説明会で、中国に偏った商品調達先をカンボジアやベトナムなどに分散すると表明した。現状では事業の約半分が対中関税の対象となる可能性があり、対応を急ぐ>とも書いた。

本文の終わり近くでは、<トランプ氏の「脅し」は早くも企業に対応を迫り、自由貿易体制と経済の効率性を損ねている>と、国内でもTrump Proofが本格化していることを伝えた。

トランプの脅しは、アメリカ時間ではこの記事が出たのと同じ日付で、中国からの輸入品に10%の追加関税、メキシコとカナダにも就任初日に25%を課す命令を出すと表明することでさらに現実性を増している。

この表明を受けたカナダの首相ジャスティン・トルドーは、数時間後にトランプと電話で協議し、翌27日には各州トップと会合を開いて対応を協議、29日にはフロリダに飛んで計画の見直しを求めた。

メキシコ大統領のシェインバウムは、突然の脅しに、両国の経済や雇用に大きな損失を与えると批判、発動されれば報復関税も辞さない構えを示した。だが、メキシコ経済は自動車関連などの対米輸出で支えられ、米国と正面からぶつかれば深刻な打撃を受け兼ねない。シェインバウムは翌日、トランプに電話して不法移民対策に加え、トランプが問題にしている合成麻薬フェンタニルの流通防止策についても話し合った。トランプの思惑通りの展開となり、早速SNSに「メキシコが国境封鎖に事実上同意した」と書き込んだ。関税引き上げを脅し材料に外交成果を上げる戦略が早くも成功したことをアピールしたのだが、シェインバウムは、「メキシコの立場は、国境を封鎖することではなく、政府間、国民間の懸け橋を築くことだと改めて強調する」とXに投稿、トランプの認識に異を唱えた。

こうした状況は、いずれ日本にも及んでくる可能性が高い。日本のメディアには、安倍晋三のトランプ詣でに類する関係構築を奨励する論調が散見されるが、私は、あまりアタフタしない方が良いと考えている。膝を屈してトランプに縋り付くようなみっともない真似は厳に慎むべきである。

毅然としていれば良い。何かを突きつけられた時は、アメリカの最も重要な同盟国として、日本が責任を負担する決意と方策を説明し、国際社会の状況にも鑑みて、日本としての主張を断固としてぶつければ良い。トランプ詣でをする国が増えれば増えるほど、それと軌を一にしない日本の姿勢がインパクトを与えるであろう。

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