TRUMP PROOF
迫りくる嵐、米国民主主義の行方
国際ジャーナリスト 内田 忠男
24年大統領選は予想を超えたドナルド・トランプの圧勝で終わった。得意絶頂のトランプは、下心満々のイーロン・マスクとつるんで政権立ち上げを急いでいる。America FirstよりSelf Firstと言うべき独自性へのこだわりに加え、脈絡に欠けた思いつきと、常識破りで権力濫用に走り兼ねない権威主義的な政権運営に対抗するため、TRUMP PROOFへの備えが、国の内外、各界各層で進んでもいる。選挙の総括とともに、第2期トランプ政権直前の情勢を展望する。(文中敬称略)
激戦州全てで勝利
投票日11月5日付のニューヨークタイムズの1面トップ記事の見出しが、
Fear of Violence and a Sense of Uncertainty
「暴力への恐怖と茫漠たる不安」とでも訳そうか、先進民主主義国の最高指導者を選ぶ投票日には、何とも似つかわしくない活字が並んでいた。
ことほど左様に、今回大統領選は異常な雰囲気の中で行われたのである。私は1976年から13回48年にわたって、アメリカ大統領選を見続けてきたが、この異様は初めての体験と言えた。
実際の選挙戦は、投票日直前まで、「勝負は激戦7州の行方で決まる」と言われていた。この予測は正しく、他の43州と首都ワシントンの選挙人獲得数は、選挙前の予想の色分けと同じ、民主党226、共和党219――だった。
激戦州と、それぞれの選挙人割り当て数は、blue wallともrust beltとも言われる3州がウイスコンシン10、ミシガン15、ペンシルベニア19の計44人、これを民主党が総取りすれば過半数の270に到達する。南部のbible belt、ノースカロライナ16、ジョージア16と、西部のsun belt、ネバダ6、アリゾナ11を全て共和党に取られても、民主党が勝てるはずだったのである。
だが、民主党はblue wallの1州さえ取れず、この7州全てで共和党の後塵を拝したのだった。結果は共和党の獲得選挙人が312となり、民主党に86人の大差をつける近年にない(クリントン2期目の96年以来)圧勝となった。
共和党の選挙上手
なぜこれほど大差がついたのか。一つには、共和党の伝統とも言える「選挙上手」があった。
共和党の陣営幹部たちは、早い時点から「老いぼれバイデンが相手なら、トランプの迫力で圧倒できる」と自信を持っていた。だから6月27日のテレビ討論で、バイデンが老醜をさらした時には小躍りせんばかりに喜んだ。だが、7月13日のトランプ暗殺未遂事件を挟んで民主党陣営に危機感が高まり、バイデンに撤退を迫る空気が充満したことで、7月21日、バイデンがついに選挙戦の継続を断念、副大統領のカマラ・ハリスが表舞台に登場した。
ここで共和党には、にわかに警戒感が広がる。<老いぼれジョー対精気みなぎるトランプ>という対比が、もはや使えなくなる。逆に<若さと才気溢れるカマラと新鮮味のないトランプ>の対決になりかねない。
バイデン撤退以後の民主党のカマラ体制作りも適切かつ迅速に進んでいた。
さらに、トランプがカマラに劣る決定的なバックグラウンド――彼女はサンフランシスコの名門ロースクールを出て弁護士登録。全米最大の州であるカリフォルニアの司法長官を2期務め、麻薬取締りや政治不正の摘発に辣腕を振るい、その実績を背景に連邦上院議員に当選した。上院では銃の所持規制や1期目トランプにまつわるロシア疑惑などを厳しく追及、トランプの弾劾審理で見せた雄弁と論理の的確さ、説得力など、高く評価せざるをえない。
まさに、「敵を知り己を知らば百戦危うからず」。そこから、選挙戦に勝つための戦術を練り上げていった。行き着いた結論が、「バイデン攻め」だ。バイデンを責めることで、その副大統領であるカマラの資質を軽んじることにつなげたのだ。
Are you better off than you were 4 years ago?
1980年の選挙で共和党のロナルド・レーガンが、現職大統領ジミー・カーターの実績をけなすために選挙民に発した言葉だ。「4年前より暮らし向きは良くなっていますか?」――カーター政権は、第2次オイルショックに見舞われたこともあったが、それにしても酷い経済運営で、2桁のインフレで金利も急上昇、庶民の生活を苦しめていたから、もちろん、答えはNOで、この問いかけはテレビ討論でも聴衆に大いに受けた。
共和党は、この故事に学んで、バイデン政権を「史上最悪」と決めつけることにした。バイデン政権の3年半で物価は約20%も上昇した。多くの有権者が人生で経験したことのないインフレ率を招いたバイデン政権への批判に集中したのだ。
そしてトランプ陣営は、「4年前に比べて……」の台詞をバイデン攻撃の有力な武器として使った。むろん聴衆はNOと叫ぶ。叫びと同時に会場の空気は一気に盛り上がり、USAコールが湧き起こる。
共和党は、さらにキャンペーンの標的を男性に絞った。女性の権利が向上し、社会進出も進んだことで、アメリカの男性には自分たちが軽視され取り残されている、社会的にも家庭内でも影響力が低下しているという潜在的な不満がくすぶっている。「男は女より強い」と考える男性も少なくない。共和党は、ここに照準を合わせ、トランプにマッチョな男性を演ずるよう仕向けた。
この戦術は、期待した以上の成果をあげた。共和党が標的にした白人男性に加え、黒人やヒスパニックなど、本来は民主党の票田の男性からも共感を得たのである。前回、バイデンを勝利に導いたとされる若いZ世代の男性たちにも支持が広がった。
出口調査によると、18〜29歳の過半数はハリスに投票したが、男女別を見ると、女性の6割弱がハリスに投票したのに対し、男性の6割弱がトランプに投票、4年前の4割から劇的に増加した。この世代の知人に聞くと、「食品もガソリンも値上がりして若者の生活は苦しい。前のトランプ政権時代の方がはるかに楽だった。となると、トランプがどんな人物かということより、経済を改善するという公約にすがってしまうのです」という答えだった。
よく考えれば、金持ちでもない若者がトランプの経済政策に賛同しても、何の利益も得られないのだが、彼らの多くには、既得権益にあぐらをかいて、碌に働きもせず巨額の利益を手にしているeliteとも establishmentとも呼ばれる階級に対する反感が、憎悪と言えるまでに昇華している。それを葬り去るにはトランプのような「劇薬」を利用するのが最適の解だと考えたのだろう。
副大統領候補に指名されたJDヴァンスも、「childless cat ladies」というおかしな表現を使った。「今のアメリカは、子どものいないネコ好きの女性たちに牛耳られている。こうした女性たちは、自分の人生やこれまでの選択で惨めな思いをしているので、国も惨めにしたいと考えている」……何だかよく解らないが、女性蔑視発言であることは間違いない。「子供を産んでいないカマラではダメだ」と言いたかったのだろう。
こうして、共和党の戦術は広範囲に実現されてゆく。トランプのバイデン批判は日を追って激しさを増した。「史上最悪・最低の政権だ」と言い募り、それによって「アメリカの威信は低下し、国民生活が困窮している」と強調した。その口調は、もはや「批判」を超え、「誹謗・中傷」をも超え、「罵倒」と言えるものだった。そこには、事実誤認(故意を含めて)も多く、そのレトリックは辛辣を通り越して、「下品・乱暴」に走って行ったが、有権者には大変判りやすかった。「褒め言葉より悪口の方が浸透しやすい」の原理を地で行ったのである。
結局のところ、多くの有権者の判断の元になったのは、「前のトランプの時代は景気が良かった」という、バイデン政権の経済政策への不満だった。
8年前からトランプが主張してやまない「不法移民の害」は、今回も主要争点になった。「メキシコとの国境に壁を建設する」「不法移民はすべて追い返す」というスローガンを掲げ、アメリカ人が潜在的に抱えていた不満に火をつけた。私がアメリカで暮らした時代には、反移民を口にするだけで「レイシスト」と謗られかねなかった。それが今回の選挙では、より当たり前のように議論され、ここでもバイデン政権の無力・無策を攻撃する材料になった。
トランプは、カマラとのテレビ討論で「不法移民は犬を食っている」というウソまで公然と発言したが、有権者の多くは「犬を食べているかどうかはともかく、不法移民が増えたのは事実で、犯罪が増え、地域や家族の安全が脅かされている」とトランプに賛同した。
インド系とアフリカ系をルーツに持ち、「多様性の象徴」として「若さと未来」を訴えたカマラと民主党の戦略は、トランプの、ウソもありの暴力的とも言える声高な主張の前には、あまりにも無力だった。
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