よみタイム|2025年1月10日号・Vol.485デジタル版 & バックナンバーはこちら

藤竜也[大いなる不在」

第17回「ジャパン・カッツ」で「生涯功労賞」受賞
「大いなる不在」俳優・藤竜也

「理想の俳優とは役柄に‘ハイジャック’されること」

近浦啓監督の「大いなる不在」は、森山未來が息子、藤竜也が父親を演じたヒューマンサスペンス。幼い頃に母と息子・卓を捨てた父・陽二が、警察に捕まったことで再開する父と子。疎遠だった父と再会した卓は、認知症を患い別人のように変わり果てた父の人生をたどり始める。

今年のジャパン・カッツで、藤竜也は「生涯功労賞」を、森山未來は「カットアバブ賞」を受賞した。

ジャパン・ソサエティでインタビューに応じる藤竜也(Photo by KC of Yomitime)
近浦監督作品に出演するのは3作目。近浦監督の魅力とは?

基本的には一度お仕事を頂いて成功を収めたからと言って、その次もオファーを受ける、とは思っていません。私は結構、薄情な男なんですね(笑)。脚本を読んで気に入らなかったら、お断りすることもあります。

近浦監督は脚本を書いて、プロモーション、海外進出も自分でされ、素晴らしい才能と行動力を持った新ジェネレーションの方だなと思っています。もちろん作品そのものが素晴らしく、監督も私を気に入っていただいていますので、彼の作品には無条件に出させていただいております。

今回はかなり個性も強い上に「認知症」の役ですが、どのような思いで撮影に挑まれましたか?

本作以前にも映画「さくら咲く」で、症状は違いますが「認知症」を演じたことがあります。その際、念入りに調査をしました。どう演じるのか、どういうアプローチか、役への入り方などは理解しておりました。

本作の脚本を読んだ時、「欲の無い作品だな」っと思ったのが第一印象でした。だいたい脚本を読んだ時には、書き手や監督さんが持つ意図のようなもの、「仕掛け」のようなものが読み取れたりするのですが、それが見えなかった。ですが、完成した作品を観て、「なんと私は脚本(シナリオ)を読む力が無いんだ!」と思いました。

私自身、どうやってこの役に向き合えばいいのかと考えていましたが、映画を見た時、驚きました、感動しました、泣きました、笑いました。私には「物語」が読めていなかったんです。「映画は面白い!」と改めて思いました。監督の素晴らしいところですね。

この経験を近浦監督に伝えたところ、監督と共同して脚本を書かれた熊野さんが、「素晴らしい作品になる」と思っていたようです。私には読む力がなかった、思いがけない成り行きでした。

息子を演じた森山未來との共演について、心構えなどありましたか?

意外だと思われるかもしれませんが、私はこれまで、監督や共演者と映画について、いっさいディスカッションをしてきませんでした。パフォーマンスについても話しません。私は常々、そういうことを話したうえで役に入ると、微妙な心の揺れ、言葉、感情が本来のものではなくなってしまうと思っています。

今回、森山さんとは、面白いことにスタッフが「スタート」と言った瞬間から、言葉を発してる訳ではないのに、互いが目を見つめ、すごい勢いで交流が始まりました。棋士は、互いに何十手も先まで相手を読むそうですが、森山さんとはそのような状態だったとのだと感じます。何も打ち合わせしていませんでしたが、素晴らしいやりとりができました。

キャリアの中で「演じること」「役者」に対して、どうお考えですか?

俳優としての私が思う理想的な形は、その役に「ハイジャック」されることです。他の人格を演じるのが俳優で、「自分」では無くなっている。そのために、色々と工夫をして、バックグランドを調べたり、その土地を訪ねたりして、監督が求めるキャラクターに成り切るように努力します。今作の場合は、脚本を読んですぐにこの役に「ハイジャック」され、スムーズに役に入っていけました。

でも不思議ですよね、念入りに役作りもせず何も考えず簡単に役に入っていったにも関わらず、皆さんから高評価をいただくことになるなんて。逆に苦労したのに認めてもらえない時だってありましたからね(笑)。

これまでもそうですが、私は飽きないように仕事をしています。常にあらたな可能性や発見ができるように努めていますし、飽きないように仕事を少なくしています(笑)。

藤竜也
「生涯功労賞」を受賞した藤竜也(Great Absence, Photo © Ayumi Sakamoto)
「生涯功労賞」を受賞について

私のような者が頂いて良いのか、というのが正直な感想です。身が引き締まる思いです。

私の俳優生活も晩年を迎えた訳ですが、今この映画に出会えて非情に嬉しく思っています。キャリアの中でも、素晴らしい作品だと思います。

「俳優」というものは一人では何も出来ません。いい脚本、いい監督、いいスタッフのおかげで、俳優は輝くことができる。そういう器(集まり)に入れていただけたことを、嬉しく思っています。幸せな作品となりました。

その上、ニューヨークで取り上げられたことに、とても感慨深いものがあります。私のキャリアの中で重要な作品が2本あり、一つは「愛のコリーダ」、もうひとつが今回の「大いなる不在」です。

50年前に「愛のコリーダ」でニューヨーク・フィルム・フェスに招待され、リンカーンセンターに行ったのですが、内容があまりにも官能的ということで上映されませんでした。「愛のコリーダ」に出演したことで、私にはあるレッテルが貼られたわけですが、それはある意味、励みにもなりました。そのぐらい私にとって「愛のコリーダ」は大切な作品になりました。ニューヨーク・フィルム・フェスの際、「カッコーの巣の上で」に主演していたジャック・ニコルソンが楽屋に訪ねてきて、「コングラチュレーション!」と来てくれたんです。嬉しかったですし、その後の支えとなりました。

それから50年が経ち、本品でまたニューヨークの地に居ます。嬉しいことに「愛のコリーダ」が市内の映画館でも上映、つまり50年遅れの上映となったわけです。やはり感慨深いですね。

「映画よ、ありがとう!」と思いますね(笑)

藤竜也

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