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三上麟太郎「ドラムは自分のもう一つの声」(ドラマー、作曲家)

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三上 麟太郎 Rintaro Mikami
「ドラムは自分のもう一つの声」
ドラマー、作曲家
・出身:東京都

2026年2月6日号掲載|9

三上 麟太郎

★夢中になった頃

ドラムに興味を持ったきっかけはテレビの音楽番組でした。とにかく見た目がカッコ良くて、音も他の楽器に比べて聞き取りやすかったんです。最初はダンボールをドラムに見立てて叩いたり、父に簡単なビートを教わったりして、19歳頃まで完全独学でした。ギターも少しやったんですが、最初に音を出すのが簡単だったのとリズムを叩く感覚が自然だったので、気づけばドラム一本になっていました。当時はバンドブームで、L’Arc-en-Cielにハマり、ほぼ全曲をコピー。手数の多いヴィジュアル系ロックのドラムが好きでした。

高校卒業後、本気でプロになりたいと思い、大学を休学して1年間ドラムに集中。そのとき通ったドラムスクールでジャズに出会いました。ジャズの即興性は、それまでロックしかやってこなかった僕にとって全く新しい概念で、ドラムの新しい扉が開いた感覚でした。プレイヤーごとに表現が違いスタイルも多彩。時に他のどんなジャンルよりも熱くエモーショナルなところがカッコいいと感じ、どんどん魅了されました。

★ドラムで表現する喜び

最近になってようやく、ドラムは自分の「もう一つの声」のようになってきた気がします。感情や情景をイメージしてそれを音にする意識は、ドラムを始めた時からずっと変わりません。ジャズでもポップスでも、自分の表現したいことをドラムで歌い切る技量はまだまだ磨く必要がありますが、少しずつ具現化できる技術が身についてきた実感があります。ドラムやシンバルのタッチを褒めていただくことも多いですが、それはドラムで絵を描くような意識から来ているのかなと思います。

特に、作曲もしている自分のリーダープロジェクトでは、描きたいことや表現したいことを曲にして、素晴らしいミュージシャンと演奏で形にできるのは、この上ない喜びの一つです。それがリスナーの耳に届き、心に響いてくれたら、それ以上の喜びはありません。

三上 麟太郎

★ニューヨークで学び、活動する決意

留学のきっかけは、ジャズを教えてくれた恩師の紹介でした。2015年の夏にニューヨークを訪れ、本場のミュージシャンの演奏を聴いたりレッスンを受けたりして、この街で学びたいと思いました。The Collectiveは基礎からプロに必要なことまで詰め込んで教えてくれる小規模な専門学校で、先生と生徒の距離も近く、英語が全くできなかった私にも優しかったです。1年半のプログラムを修了後、学びを続けるためThe New Schoolへ進学しました。

当初は学ぶことだけ考えていましたが、ニュースクール卒業時に、学生ではなくミュージシャンとしてこの街で活動することで得られるものがあると思い、拠点をニューヨークに決めました。世界中の一流ミュージシャンが集まる街なので、ジャンルやキャリアを問わず刺激を受けながら切磋琢磨できる環境だと感じたからです。

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★目指すミュージシャン像

人に元気や勇気を与えられるミュージシャンになりたいですね。僕の曲や演奏で、人が喜んだり、何かを感じたり、心に残るものを届けられるようになりたいです。そのためには、ドラムや音楽に向き合う姿勢に恥があってはいけませんし、演奏だけでなく、ミュージシャンとして成長するプロセスを楽しむことが何より大切だと思っています。音楽には競争的な側面もありますが、「上手くなる」というのは他人より上手くなることではなく、表現したいことを形にするための技術を磨くことだと信じています。もちろん僕自身、大きなステージに立ち、より多くの人に自分の音を届けるためにも、この根本的な考えは常に持ち続けたいですね。

★今後の活動

現在は主にニューヨーク市内のジャズバーなどで演奏しています。ジャズが中心ですが、ファンクやポップスの仕事も幅広くこなしており、海外ツアーに呼んでいただくこともあります。2月7日(土)にはロウワーイーストサイドのNublu151で、自身のリーダーバンドのライブがあります。また、2作目のアルバムを制作中で、今年末に情報解禁予定です。

https://www.rintaro-mikami.com
instagram.com/rintaro_mikami

三上 麟太郎

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