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壮大な歴史叙事詩
アメリカン・ドリームの光と影
ブロードウェイ「ラグタイム」
2025年12月19日号掲載|15
移民をめぐる議論が絶えない今、100年前のアメリカを舞台にしたミュージカルが連日完売の人気を博している。
ブロードウェイで上演中の「ラグタイム」は、白人上流家庭、東欧系移民、黒人コミュニティという三つの視点から〝アメリカン・ドリーム〟の光と影を描く壮大な群像劇。当初は2026年1月までの限定公演だったが、評論家・観客双方からの絶賛を受け、半年近く延長された。差別が生む悲劇や分断―100年前の物語でありながら、そこで投げかけられる問いは、今を生きる私たちに深く突き刺さる。

舞台は白人富裕層の街ニューロシェル。主人公の一人のマザーはある日、黒人女性サラとその赤ん坊を保護する。サラの恋人は、新しい音楽「ラグタイム」を弾く黒人ピアニスト、コールハウス・ウォーカー・ジュニア。胸を張ってT型フォードを運転する彼の姿は、「自分もこの国の平等な一員である」という確信に満ち溢れていた。
しかし、コールハウスの尊厳は、白人男性グループによる差別と悪意によって無残にも踏みにじられる。愛車と誇りを奪われ、さらには愛する人までも失ったコールハウスは「武装してでも尊厳を取り戻す」道を選ぶ。
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並行して描かれるのが、東欧からのユダヤ系移民のタテと娘の物語だ。極貧生活から出発し、映画産業で身を立てていく彼の姿は、コールハウスの絶望と鮮やかな対比を成す。そして、マザーはサラの子を家族として迎え入れるという決断をする。
奇術師フーディニ、銀行家J・P・モルガン、自動車王ヘンリー・フォードといった夢を実現した者たち、そして名声の落とし穴に翻弄されたモデル、エヴリン・ネズビットら実在の人物も登場し、当時のアメリカが経験した熱狂と闇を映し出す。


(Photos by Matthew Murphy)
原作はE・L・ドクトロウの同名小説。脚本テレンス・マクナリー、作曲スティーヴン・フラハティ、作詞リン・アーレンズで1998年にブロードウェイで初演され、今回が2回目のリバイバルである。
とりわけ注目すべきは、コールハウスを演じるジョシュア・ヘンリーの圧倒的な歌唱力と存在感だ。劇場を震わせる朗々たる歌声に滂沱の涙を流す熱演は圧巻で、30人以上のキャストの中でも自然と視線が彼を追ってしまう。高校時代、ミュージカルの舞台に出演したヘンリーに、ある教師が「あなたはこれで生きていける」と涙ながらに告げたという。その言葉に導かれた彼が、トニー賞確実と言われるキャリア最高のパフォーマンスで客席を沸かせている。その軌跡自体が、まさにアメリカン・ドリームの一編と言えるだろう。
舞台セットは最小限で、俳優の動きが空間を立ち上げていく。三つのグループが別々に、時に混じり合う構図が印象的な演出は、リア・ドゥベソネによるもの。ミニマルな舞台を28人編成のオーケストラによる豊潤な音楽が彩る。ラグタイム、バラード、フォークなど多様なスタイルの音楽がそれぞれの人生を照らし出し、巧みなリプライズが耳に残る。

「ラグタイム」が描くのは、差別、移民、格差といった、アメリカが長く向き合ってきた根深いテーマである。黒人差別に反対する人権運動「ブラック・ライヴズ・マター」以後の21世紀に、100年前の物語があらためて胸に迫るのは、そこで描かれた理想が、今なお揺れ動いているからだろう。このリバイバルは、観客を過去という鏡の前に立たせ、「私たちはどこへ向かうのか」を静かに問いかける。
ホリデー期間はチケット価格が高騰しているため、年明け以降が狙い目だ。このヴィヴィアン・ボーモント劇場は二階席後方でも見づらい席がなく、奥行きある広い舞台はブロードウェイ随一である。
アメリカで暮らしていると、この国の持つ圧倒的な明るさと乗り越えがたい難しさの両方に日々出会う。劇場を出たとき、胸に残っていたのは、かすかながらも確かな「希望」だった。(高橋友紀子)
Ragtime
■会場:Vivian Beaumont Theater
150 W. 65th Street
■$49〜
■上演時間:2時間50分
■www.lct.org/shows/ragtime