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高氏 奈津樹(芸術家)

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2025年2月28日号掲載|9

高氏 奈津樹 Natsuki Takauji
「創作は世界と自分を理解するため」
芸術家
(出身:東京都)

高氏 奈津樹
高氏 奈津樹

谷崎潤一郎の美的感覚に影響を受け
早稲田大学第一文学部へ進学

衝撃を受けた文章は、教科書に載っていた谷崎潤一郎の陰翳礼讃(いんえいらいさん)でした。日本的美的感性の考察と描写が素晴らしく、感覚的視覚的なものを文章で表現することの美しさについて初めて真剣に考えるきっかけになったと思います。他にも三島由紀夫など純文学とオペラやクラシック音楽、同時に町田康や大槻ケンジなどパンク文学とパンクロックやビジュアル系音楽、など、まったく異なるものを好み、影響を受ける傾向がありました。

2008年、単身ニューヨークへ

早稲田卒ドイツ在住の作家・多和田葉子を別格に好きになり、彼女が海外在住の作家であることから海外移住への憧れを強めたと思います。ヨーロッパは渡航経験もあり親しみがあったのですが、世界的に脚光を浴びていた草間彌生や村上隆などは皆ニューヨークに居住していたことから、結局、未知のアメリカに行ってみようと語学留学をしました。「英語も話せない外国人でも何とか受け入れてくれそうなのがニューヨーク」と思ったことも理由の一つです。

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視覚や立体芸術への強い憧れから彫刻を学ぶ

語学学校留学中に知り合ったアメリカ人から、The Art Students League of New Yorkという歴史ある美術学校を教えてもらい、まずはポートフォリオを作るつもりで転校。手探り状態で芸術表現という世界に飛び込みたい一心でした。人体デッサンや油絵、静物画などを一通りやって抽象画もやってみた後、絵の上にボリュームが欲しくなり、盛ったり貼ったりしていくうちに彫刻的な絵になり、貼りきれなくなった事で溶接を学習。絵を描いていた時に辛かったことと比べると、スルスルと立体作品が創作出来たことで、自分は彫刻を専攻するべきだと気がつきました。視覚芸術には常に興味がありましたが、今から思えば親から反対されたことで、文章や手芸で制作意欲を満たそうとしていたのだと思います。結局、頭だけではなく身体を使って制作したい、文学の想像の世界ではなく物体を作りたいという単純な理由で、立体芸術に傾倒していきました。

ニューヨークで4年が過ぎた頃、立体的な絵画で初の個展を行いました。その翌年、彫刻を始めて間も無く学校の野外彫刻のプログラムに選ばれ、ニューヨークのリバーサイド公園に大型作品が展示されるという人生を変える出来事がありました。自分のような外国人留学生がチャンスを与えられ、それに構わず大絶賛してくれる通りすがりのニューヨーカー達とたくさん出会い、まさに自分が思い描いていたニューヨークでのアーティストライフを体感することが出来たという幸せを感じました。この初体験が、今まで何があっても制作活動を続けてこられたエネルギー源。2021年から同野外彫刻プログラムのディレクターを務めています。

高氏 奈津樹
高氏 奈津樹

「創作」の醍醐味とは

アイディアを人に伝えることで、何らかの影響を与えようとすることは、どんな形の表現でも共通することであり、創作とはする側と鑑賞する側にとっての高レベルのコミュニケーションだと私は思っています。すべての人類に共通する感覚があるからこそ芸術は成立し、必要とされ続ける。一つの方法では完成されないからこそ、我々はありとあらゆる手段で常に自己も他もすべてのことを思考し表現し理解しようとし続けているのではないでしょうか。その意欲が創作で、彫刻はその一つに過ぎず、私は自分を彫刻家とも思っていませんし、表現方法を限定する必要もありません。皆、得意なことや興味でジャンルを絞っているだけで根底にある目的は同じ。もし永遠に観客が自分以外に存在しなくても、私は創作を続けるのだろうか、とたまに考えますが、自分のためだけだとしても続けます、自分との会話のためだけに。

2024年開催の個展「菊と刀」は自筆の小説からインスピレーション

文化人類学的に「菊」と「刀」という二つの物が日本にとって重要な意味を持つことにインスピレーションを受け、私のアイデンティティとしての菊と刀を表現した展示となりました。私が十代の頃初めて創作した小説の題名が「菊と老人」で、いつか具現化したかったそのシーンを映像化したり、実家が武家の家系だと知りながらも刀を持ったこともなかったので実際に購入してパフォーマンス作品に使用したりしました。時間と空間を超えて自分の国や過去について今の自分がアメリカの地で発表するということに心地よい違和感を感じました。

今後もジャンルを問わず自分が何を伝えられるのか常に新しいアイディアを模索して創作していきたい。死ぬまでに「私はこれを目指していた」と振り返って悟ることが出来たら本望です。今年の夏には、Chashama North, NYで新作野外彫刻展示を、2026年の春 (2月頃予定)は Kapow Gallery, New York にて個展を開催します。

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高氏 奈津樹

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