ロシアの作曲家ラフマニノフが、後世のピアニストたちの為に残した絵画的練習曲の数々。中でも「赤頭巾ちゃんと狼」と題された作品39ー6は、ピアニストにとっても手を焼く難曲の一つだろう。
しかし、それもヴァレンティーナ・リシッツァには当てはまらない。逃げ惑う赤頭巾ちゃんと追いかける狼を、みごとに音で描写する彼女の10本の指は、白鍵と黒鍵の上を目まぐるしく駆け抜ける。その演奏する姿は、まるで映像を早送りしているかのようだ。
この映像をYouTubeで確認したのは実に170万人を越える。フランツ・リストの「ラ・カンパネッラ」は280万人、ベートーヴェンの「月光」に至っては540万人を突破した。
他にも彼女のYouTubeチャンネルにはショパン、シューベルト、グリーグといった歴史に名を残す作曲家たちのピアノ曲が並び、それらの総閲覧数はクラシック界では異例の6千万人に達した。
しかし、ヴァレンティーナはクラシック界初のYouTubeスターというだけではない。インターネットでの成功をきっかけに、欧州、アメリカ、南米、アジアなど世界中の一流コンサートホールで引っ張りだこのコンサート演奏家なのである。つまり、彼女はプロモーターやレコード会社と一切契約することなく、インディペンデントアーティストとしてスタートし、ソーシャルメディアという誰もが使えるマーケティング・ツールを使ってスターダムにのし上がったのだ。
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彼女の素晴らしさは映像の中だけでは決して語りきれない。だからこそ、彼女の舞台はコンピュータのスクリーンから、ウィーンのムジークフェライン、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール、ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホール、カーネギーホールという名高いコンサート会場になったのだ。
また、彼女のレパートリーはバッハ、モーツァルトなどの古典派音楽からショスタコーヴィチ、バーンスタインなどの現代音楽の作曲家たちまで幅広く、40以上もの協奏曲を含んでいる。本人はラフマニノフとベートーヴェンへの傾倒を認めているが今後はさらに数は増していくだろう。
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ヴァレンティーナはウクライナのキエフ生まれ。3歳でピアノを始め、4歳の時、生まれて初めてのソロリサイタルで演奏。その後、ルイセンコ音楽学校、キエフ音楽院で音楽を学んだ。
1991年には後に夫となるアレクセイ・クズネツォフと共に、難関と言われるマレー・ドラノフ国際2台ピアノコンクールで見事に優勝。現在はノースカロライナ州に在住している。
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そのヴァレンティーナが、来る10月19日にマンハッタンのカウフマン・コンサートホールで演奏する。今回のコンサートは、92nd Street Y:2013 / 14シーズンのオープニングとなり、ラフマニノフのプレリュード、ショスタコーヴィチのピアノソナタ第2番、ショパンの夜想曲、リストの死の舞踏が予定されている。アンコール曲はファンによる人気投票で決まると言うことで、どの曲が選ばれ演奏されるのか、今から楽しみだ。
(河野洋)
Opening Night 2013/14 Season:
Valentina Lisitsa, piano
■10月19日(土)8:00pm
■会場:Kaufmann Concert Hall
1395 Lexington Ave.
■$35〜 ■212-415-5780
■www.92y.org |