2018年8月10日号 Vol.331

人の恥部をほじくり返し
傷付いたところを抱きしめたい

「犬猿」監督:吉田恵輔

地方都市に暮らす、性格がまるで正反対な兄弟と姉妹という4人の男女を描いた「犬猿」。「これまでのコミカルなタッチに手加減なしのバイオレンス描写を絡めた」と評される同作、「女のキョウダイがいる」という吉*田監督が制作秘話を語る。(*吉は土に口)

saito

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吉田:この映画のような「兄弟」間を過ごしてきた訳ではないんです。ただ、俺の「相方」みたいな人物がいて、彼とは兄弟のようでした。

ーー2組の兄弟・姉妹の人間関係が描かれていますが、なぜ、この作品を作ろうと?

吉田:自分が持っているモノの良さを認識せずにすぐに他人と比べてしまう、という人間の「妬み」や「嫉み」の感情を描きたいと思いました。それを掘り下げていく上で、「兄弟」や「姉妹」の人間関係が身近で面白い。男なら割と「マウンティングを取る」のは「力」ですが、女の場合は「奇麗かどうか」で優劣が決まるなど、明らかな違いがあります。それぞれ良いところがあるにも関わらず、そこに自分は気が付かない。自分が置かれている環境の悪いところは見えるけれど、良いところは見えないし見えにくい。「誰々に比べればチョーイイじゃん!」と言われてもピンとこない、逆にイヤミに聞こえたりもする。そいう部分の話を掘り下げたいな、と思いました。

ーー劇中、弟・妹はそれぞれ兄・姉の悪口を言うにも関わらず、他人から身内(兄・姉)の悪口を言われると「ムッ」として庇うシーンがあります


吉田:実は脚本が出来た時点で、ゲンさん(プロデューサー)が、「自分は身内の悪口は言うけど、他人から身内の悪口を言われると、すごくムカつく」という意見を聞いて「あ、そういう事あるな〜」と思い「ゲンさん、そのアイディア、いいね!」と取り入れたんです。俺からするとゲンさんがくれたアイディアをみんなが褒めるから、あまり面白くないんですよ(笑)。

(同席していた)ゲンさん:い〜じゃないですか〜(笑)

吉田:い〜〜んだけどね〜(笑)。でも「俺が思い付いた」かのようには話せないじゃない、本人もココに居るし(笑)。でもまあ、飲み会で女の子たちの前では「俺が決めた!」みたいに言うけどね(笑)。

ーーそれぞれのキャラクター設定で、モデル像はあった?

吉田:あります。俺の「相方」が、モデルの部分もあったんですけど、「兄」役のモデルとしては、実際に「グレー系」の人の話を聞いたりしました。自分自身もキャラクターに反映させています。俺は割と、弟の和成にも近いし、お兄ちゃんにも近い。俺の「悪い部分」を両方に与えていると思いますよ。

ーー「姉妹」の方は?

吉田:女の子の方も、あるんじゃないですかね。僕、女の子になりたいなという気持ちが強いんで(笑)。「自分が女だったら、こうだな」とか「こんなイヤなこと言うだろうな」と考えていました。

ーー自分の悪い部分を当てはめた。では逆に「イイ部分」は?

吉田:う〜ん、何でしょうね。別に脚本で「イイ部分」を特別書く気持ちはないんですけど「イイ部分」が出てくるのは、多分、俺の人間性のイイところが出るんでしょうね〜(笑)。にじみ出ちゃうんじゃないですか(笑)。

ーーはい、出ていました(笑)。冒頭で全く違う映画「恋とな」の予告が入りますが、あれは?

吉田:いろいろ考えはあるんですけど、ひとつは日本映画に対して物申したい、というところもあります。日本の映画館で映画を観ると「予告」が長い。しかも、ほとんど「アレ系(「恋とな」のような)」映画で「またコレか!」と(笑)。別にその映画が悪い訳ではないんですけど、少し量産し過ぎているようでゲップが出るなと(笑)。「こういう映画ってあるじゃん。でも俺、こんな映画つくらないじゃん。で「犬猿」が始まります」というような宣戦布告という気持ちもある。あとは、俺はこういう映画は撮らないけど、やろうと思えば撮れるぜ、という気持ちもありましたね。その他には、女子高生が好きなんですが(笑)「犬猿」では女子高生が出てこない、一日だけでも女子高生が来てくれたら現場のテンションも上がるかなと(笑)。

ーー兄弟・姉妹がののしり合うシーンがありましたが、あんなに大喧嘩してもやっぱり縁は「切れない」。他人同士だとそうはいきませんね

吉田:それが「血」というやっかいな部分です。それは親子の方がもっとキツイかもしれない。例えば、出会った人物にDVを受けたら即効、警察行きです。でも、親からDVを受けても、優しくして欲しいというような気持ちも働き、単純な「暴力」とは違ってくる。「血」というものは温かくもあり、恐ろしいものだなと思います。でも、喧嘩、仲直り、喧嘩、仲直り、喧嘩、という繰り返しには「仲直り」という未来がある。俺はあんまり「バッドエンド」だと思って作っていない、繰り返せるだけハッピーだなという気がするんですよね。

ーー映画の説明に「コミカルなタッチに手加減なしのバイオレンス描写を絡めた圧倒的なスタイル」とありましたが、監督にとって「暴力」とは?

吉田:治安があまりよくない地域で生まれ育ってきたんです。高校を卒業するぐらいまで男同士は「力(暴力)」でマウンティングを取る感じでした。普通は頭の良さや学歴で優劣を競いあうのでしょうが、俺の仲間うちで大学行ったヤツもいないし、大学は都市伝説だと思っていたし(笑)。そんなスラムっぽいところにいると、「力」は特別なものではないんです。「暴力」という「恐怖」で人をコントロールする、というイメージではありません。映画の中の「お兄ちゃん」は、弟に暴力をふるっていても、彼にとっては「本当の暴力」ではない。「お兄ちゃん」は弟に比べて暴力の「耐久度」があるんです。「お兄ちゃん」には、弟に暴力をふるった、という自覚はなく「ちょっと叱ったダケじゃん」という気持ち。でも、耐久度が無い弟からしてみれば、めっちゃ恐ろしい。そこが今回の「兄弟同士」でも分かち合えない部分なんです。

ーー9月から「愛しのアイリーン」が封切りされますが、なぜ、これを映画化しようと思われましたか?

吉田:実は、監督デビューした時からこの映画をずっと作りたいと思っていました。この漫画、俺が一番影響を受けた作品なんです。やっと念願叶って、何年ぶりかのオリジナルで出し切ってやって・・・多分俺、これで終わりですね、これでもう打ち止め(笑)。最後の作品なんで観てください(笑)。

ーーいえいえ、まだ「恋とな」がありますし・・・

吉田:「恋とな」撮ったら「ああ、本当に終わりが見えたな」って思ってもらっていいです!(笑)

ーー監督になろうと思ったキッカケは?

吉田:覚えてないです。物心ついたときから・・・幼稚園の頃にはもう言ってたんですよ。小学3年生の頃からそういう本も読んでたし、小学校の卒業文集も「映画監督になりたい」って書いてたんです。

ーーどんな映画が好きでしたか?

吉田:ジャッキー・チェンの映画を観ていた時、俺は「ジャッキー・チェンみたいなこういうモノを作りたい」と言っていたようです。それを聞いた親が「それは監督という人が作るんだよ」と教えてくれた。ただ、「監督」という仕事が何かは知らないで、「監督になりたい」って言っていたんだと思います(笑)。大人に言われた「言葉」が先行して、それをそのまま鵜呑みにし、ずっと育ってきました。

ーーもし今から、別の「何か」になれるとしたら?

吉田:そうですね〜。やっぱり女装家にでもなりますかね。女性ホルモンとか打ちたいですね(笑)。そして、ちょっとだけ、仲のいい人たちが、若干反応しはじめたな、ついに俺のことを女として意識してるな、目線が前と変わったな、という瞬間を見たいですね(笑)。

ーーそれをまた映画に撮りたい?

吉田:いやいや、性転換した時点でそれはもう諦めてますから(笑)。威厳を持って「カット!」と言えなさそう(笑)。でも、本当は魔法少女になりたいんですけど、俺がやると、ただのキモイおじさんおばさんになるだけで(笑)。俺が憧れてる「魔法少女」にはなれないですね。

ーー好きな監督は?

吉田:韓国のキム・キドク監督が好きです。自分でも本を書き、1年に1本ペースぐらいで自由に好きなことを撮っています。低予算ですけど、かなり独創性があって、世界の三大映画祭でも受賞していたと思います。キム・キドクの「弓」という作品は、おじさんが少女と一緒になるという夢を見る話。俺も結構、少女を追っかけるおじさんの映画を撮り続けてきたから「ああ、これは素晴らしいな」と。

ーーゲンさん、監督はどういう人間だと思われますか?

ゲンさん:さっきから「魔法少女になりたい」と言うように変わってる人です(笑)。普通の人と違う視点、物事を斜めから見ていて、その面白さを切り撮るがものすごくウマイ人だと思います。

吉田:俺、根っこがとても意地悪なんですよ。人が「ソコ、触れて欲しくないんだよね」という恥部にものすごく興味があって、それをほじくり返したい。で、ほじくり返して傷付いたところを、抱きしめてあげたくなるんですよね。

ゲンさん:正にそうです!恥部を覗き込む「カメラ」をスっと入れるところが、ものすごくウマイ。さらに、その愚かなところを覗きながら、でも愛おしさも描ける監督です。

ーー「犬猿」では暴力シーンがあっても、意地悪されていても、全般的に「愛情」を感じるのですが、それが「テーマ」ですか?

吉田:「寒い」言い方をすると「愛」を描いているつもりなんです。ただその「愛」の形が「愛してるよ愛してるよ」というアメリカ人的な愛ではない。なにも持っていないと思っていたら、ふと「俺、愛していたんだ?!」と、少しだけ気付き始めた自分がいる・・・ハイ、終わり。そういう時に俺は「あああ〜愛だな」って感じるんですよね。

ーー兄弟・姉妹が一瞬それぞれの「死」を望みますが結局は助けますね

吉田:そんな、ちょっとした「何か」の時に見えるもののことを「愛」と呼びたいなと思いますね。次の「愛しのエリー」は親子愛がテーマで、親の異常な愛を描いてます。親が子供を愛するというのは当たり前ですが、「異常すぎる」ゆえに、共感できない。でも逆に、そこにも「愛」が感じられる。キチガイがゆえ、理解を越えちゃう、それが一周廻って「愛」に見える、という感覚があると思います。

ーーー映画同様、笑いあり感動ありの15分インタビュー。同席したプロデューサーや助監督とも視線を絡ませ(?)ながら、ジョークとも本気とも受け取れる発言を軽快に飛ばす吉田監督。「自分のイヤな部分をキャラクターに反映させる」という監督からにじみ出るのは、隠し切れない「人の良さ」だ(と言われるのはご本人は好まないかもしれない)。プロデューサーの「吉田監督とはこういう人」という短いコメントに溢れていたのは、上下関係ではない「横並び」の愛情。「インタビュー中、俺はそういう人間を装ったのサ、騙されたな、ハッハ!」という監督の笑い声が聞こえてくるようだ。吉田監督のサービス精神にバンザイ!

犬猿
Thicker than Water


地方都市に暮らす、性格がまるで正反対な兄弟と姉妹という4人の男女の運命が交錯していくさまを描く。真面目な営業マンの金山和成(窪田正孝)は刑務所から出てきたばかりで、問題ばかり起こす兄・卓司(新井浩文)をよく思っていない。その和成に思いを寄せる、幾野由利亜(江上敬子)は、容姿は悪いが稼業を切り盛りする働き者。一方、その妹・真子(筧美和子)は美人だけど容量が悪く、稼業を手伝いながらも、芸能活動をしている。ある時、そんな彼らの関係に変化が訪れる…。似てないようでどこか似ている、羨ましかったり、憎かったり、でも愛おしい。そんな兄弟・姉妹の複雑な関係、渦巻く感情が面白おかしく描かれたヒューマンドラマ。

2018年|103分
監督:吉田恵輔(「よし」は土に口)
出演:窪田正孝、新井浩文、江上敬子、筧美和子
(Photo: blank 13 © 2017 'Blank 13' Production Committee)

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