2019年8月23日号 Vol.356

立ち止まるのではなく
迷いながらも前進を

【ブルーアワーにぶっ飛ばす】
監督:箱田優子
出演:夏帆、シム・ウンギョン

あらすじ:30歳の自称売れっ子CMディレクターの砂田(夏帆)は、東京で日々仕事に明け暮れながらも満ち足りた日々を送っている…ようにみえるが、口をひらけば悪態をつき、心は荒みきっている。ある日、病気の祖母を見舞うため、砂田の大嫌いな故郷・茨城へ帰ることに。ついて来たのは、砂田が困った時には必ず現れる、自由で天真爛漫な「秘密の友だち」の清浦。しかし、再会した家族の前では、都会で身に着けた砂田の理論武装は通用しない…やがて全てが剥がされた時、見ようとしなかった本当の自分が顔を出す―。

若手映像作家の発掘を目的とした「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016」で審査員特別賞を受賞した企画の映画化で、夏帆とシム・ウンギョンという日韓の実力派女優が共演したオリジナルストーリー。第22回上海国際映画祭アジア新人部門最優秀監督賞、優秀作品賞を受賞。ほか第43回香港国際映画祭ヤング・シネマ・コンペティション部門、第21回台北映画祭国際ニュータレントコンペティション部門などへ正式出品され、海外で注目を浴びている。
『ブルーアワーにぶっ飛ばす』Blue Hour 2019年・92分
監督:箱田優子
出演:夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、黒田大輔


Blue Hour © 2019 BLUE HOUR Film Committee


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(左から)シム・ウンギョン、夏帆、箱田優子 (Photo by YOMITIME)


ーー映像製作(映画監督になる)に携わるようになったきっかけを教えてください

箱田監督大学は東京藝術大学美術学部の油画専攻だったのですが、ずっと絵だけを描いていたわけではありませんでした。インスタレーションを含め、ファインアートをやっていたんです。卒業を前にして就職するため、どこの会社へ入社して、何の仕事に就こうかと考えました。以前から、広告のお仕事には興味がありましたので、CM制作会社を受けて入社しました。CM、MV、ショートムービー、様々なジャンルで監督を任される中で映画制作にも興味を持ち、現在に至っています。

ーー「ブルーアワーにぶっ飛ばす」は、どのように生まれたのですか?

箱田監督もともと何かの折りに世に出したいと思っていた企画だったのですが、それが「小説」なのか「アニメ」なのか「映画」なのか、わからない状態でした。ある時、「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016」というコンペがあることを知り、まずはチャレンジしてみようという気持ちで脚本を書いて応募しました。

ーー監督が、夏帆さん、シムさんを起用した経緯をお聞かせください

箱田監督主人公の砂田は、子供の頃を思い出しながら、あ〜だこ〜だ言うタイプの人間。気持ち的にも大人になりきれているようで、実はそうでもない。「大人でありながらも、不安定な状況をリアリティを持って演じていただくなら誰だろう、演技力も含めて誰がいいかな」と考えた時、「夏帆さんにお願いしたい!」と強く思いまして、出演依頼のお手紙を書かせていただきました。

ーー夏帆さん、この役についての第一印象は?

夏帆最初に出演依頼をいただいた際、脚本と同時に、監督からのお手紙を読ませていただきました。この映画で何を表現したいのか、どういう映画なのか、なぜこの役を私にオファーしたのか…などが丁寧に書かれていました。そんな監督の気持ち(設定)を知った時、これは個人的にも自分の糧になるだろう、この役は私がやるべき役だと思ったんです。10代から役者として10年以上、仕事を続けてきた中で、自分の内面的にもいろいろな変化がありました。「砂田」という人物に共感できる部分が多く、絶対にやりたい、逆に、他の人にはやって欲しくないなって思いました(笑)。ですので、割と即決でお受けさせていただきました。

ーー「砂田」役にスムーズに入っていけましたか?

夏帆この映画は、箱田監督自身と重なる部分が多くあると思います。言うなれば、砂田自身に箱田監督の要素が強い。ですが、それは100%ではないので、撮影に入る前に、監督と「どう演じればいいのか」を話していた際、「ゴール(砂田)は、決して自分ではない。自分を目指して演じてほしいわけではない」とおっしゃっていました。脚本を読んだ時、砂田は私自身に重なるところもありましたし、同様に、砂田に自分自身を重ねる観客の皆さんもいるはずです。これは、皆さんが「自分自身の話だな」と思ってもらえる物語。私が演じる人物は、「砂田」なのか、「箱田監督」なのか、「夏帆」なのか、という境界線が曖昧な状態を演じることができれば、と考えました。撮影が進む間に、だんだんと「自分なのか、砂田なのか」と感じられる程、等身大での自分の演技ができたと思っています。

ーーウンギョンさん、この役についての第一印象は?

ウンギョン私、お手紙をいただいていないんです。(一同・笑)

箱田監督まず先に砂田(夏帆)は決まっていたのですが、「清浦」のポジションはどうしよう、誰との組み合わせがベストだろうと考えていました。日本の女優さんでは、なかなか候補が浮かばなくて「適役がいないなぁ〜」と悩んでいました。そんな時、ある方から「会って欲しい人がいるんだけど」というお話を頂いて会ったのが、ウンギョンちゃんでした。当時はまだ、今ほど日本語ができたわけではなかったんですが「清浦はこの娘だ!」と思い、出演をお願いしました。

ーーウンギョンさん、役作りの上で難しかったところは?

ウンギョン映画全体を見ていただくと「清浦」のキャラクターを理解して頂けると思いますが、彼女は明るく、チャーミングで、魅力的なところがたくさんある人物です。撮影時は、まだ日本語には自信がありませんでしたので、発音やイントネーションが中々上手くできなくて、ちょっと悩んでいたこともあったんです。「清浦」は、いつも明るく振舞っていますが、私としてはキヨも、どこかでいろんな悩みを抱えていると思えました。撮影当時の私と似た状況で、同じ様に「切ない部分」がとても共感できたので、演技に入れてもいいのでは、と考えていました。

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(左から)シム・ウンギョン、夏帆、箱田優子 (Photo by YOMITIME)

箱田監督撮影前にリハーサルは何度も行っています。ですが、実はとある重要なシーンの本番で、彼女はリハとは違う演じ方をしたんです。それは当初、想定していた清浦像とは異なるものでした。ですが、実際に彼女の演技を目にした時、彼女が考える「切なさを漂わせる部分」があってもいいと感じました。彼女の感覚は正しかったのです。

ウンギョン監督からのご指示はありまして、それらを含め、監督の期待に沿える演技ができるかどうかが、私の悩みでした。ちゃんと演じているか、役どころを自分のモノにしているか、そこが重要でした。

夏帆私は、監督とずっと相談しながら砂田を演じました。対母、対兄など、どんなリアクションをすれば良いのか、砂田はどういう人物なのかなど、いろいろと悩みました。撮影前から、監督とはよく飲みながら話をしました。監督と一緒に「創り上げていった」と言えるかもしれません。

箱田監督何がベストなのか、私より悩んでくれてたんじゃないかな。(笑)

ーー箱田監督の希望で、3人は撮影前からコミュニケーションの時間を多くとっていたそうですね

夏帆監督自身の願いでもありましたが、私もそれを望んでいました。撮影に入る前に、監督はどういう人物なのかを知りたかったですし、私がどういう人物なのかを知って欲しかった。クランクインする時には、個人的な身の上話ができるぐらい、「初対面だった」という雰囲気はもうありませんでした。

箱田監督夏帆さんや、ウンギョンちゃんが、どういう人物なのかを知りたいという部分がありました。映画の内容的にも、ある意味、演技ではない、彼女たちの「人間的に、にじみ出る何か」を引き出せたらいいなぁって思っていましたし、この映画にどれほどの情熱を持って臨んでくれるのかも知っておきたかった。その部分が出てくる、出せるのは、やはり信頼関係しかありません。今回は、映画で何を描きたいかという部分で理解し合え、信頼関係を築いた上で撮影に臨めたと思っています。

ーー「ブルーアワー」の意味を教えてください

箱田監督「ブルーアワー」とは、一日の始まりと終わり、朝と夕方に一瞬だけ訪れる時間のことです。短くて、光も影もない不安定な時間帯。自由でありながらも、不安を感じる・・・そんな時の中でも、アクセルを踏み、力強く前に進んで行く主人公を描きたくて、「ぶっ飛ばして」もらいました。※注釈:ブルーアワー(blue hour)は、日の出前と日の入り後に発生する空が濃い青色に染まる時間帯

ーーこの映画で一番伝えたいことは何でしょう

箱田監督主人公の良いところは、悩みながらも、常に前へ進もうとする姿勢です。人生、困ったことはいろいろとありますが、立ち止まるのではなく、前進するためにアクセルを踏んでほしい。映画を観た方は、思いの外、「スカッ」として頂けるのではないかと思っています。

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Photo by Mike Nogami(取材協力:ジャパン・ソサエティー)



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