「逆再生」の物語
ダニエル・ラドクリフ好演!
「メリリー・ウィ・ロール・アロング」
「メリリー・ウィ・ロール・アロング」は、成功の代償として失われた友情を描くほろ苦い大人のミュージカル。こちらには、あっと驚く仕掛けや特殊効果はないが、巨匠スティーヴン・ソンドハイムの口ずさみたくなる楽曲と、最高のキャストが異なる舞台の魔法を見せてくれる極上のリバイバルだ。10月の開幕以来、チケットは入手困難な状態が続いている。
ブロードウェイ初演は1981年と42年も前。ストーリーが現在から過去へとさかのぼる「逆再生」方式で語られる独特の脚本(ジョージ・ファース)が「分かりにくい」と酷評を受け、たった16回で閉幕したいわく付きの作品である。
このリバイバルはマリア・フリードマン演出で、2013年にロンドンで上演。その公演を観たソンドハイム本人が「決定版」と太鼓判を押したという。
日本でも2013年に宮本亞門演出版が上演され、フリードマン版もブロードウェイに先駆けて2021年に平方元基、ウェンツ瑛士、笹本玲奈主演で上演された。
1976年のロサンゼルス。娯楽映画のプロデューサー、フランクの豪奢な邸宅ではパーティの真っ最中。だが、友人は取り巻きばかり、二人目の妻ガッシーとは破局寸前。古い友人のメアリーは、作曲の才能とチャーリーと自分との長年の友情を捨てたフランクを罵倒して去って行く。
時はさかのぼり、1973年。フランクとチャーリーはミュージカル作家コンビとしてテレビ番組に生出演中。チャーリーは金儲けを優先するフランクへの怒りを爆発させ、二人は絶縁する。
その5年前。フランクは妻ベスと離婚し、案じる2人よりも有名女優ガッシーとの逢瀬を選ぶ。フランクとチャーリー作のミュージカルがヒットし、ガッシーはその主演女優だった。
フランクとベスはオーディションで出会い、共にショーを上演した後、結婚する。
終幕は1957年。フランクとチャーリー、メアリーはアパートの屋上で意気投合し、夢を語り合う。
構成の難しさをクリアーにするために、フリードマンは全体を「フランクの回想劇」というフレームにハメ込んだ。最後に一瞬現代に戻り、一人舞台に立ち尽くすフランクが諦めと希望の混じり合ったえも言われぬ表情を見せる。
このシーンは、人生の妥協や後悔といったやるせなさのみならず、未来は変えることができるという新しいメッセージを感じる効果をもたらした。
元女優のフリードマンは、本作を含め複数のソンドハイム作品に出演し、オリヴィエ賞を3度受賞した実力派。キャスティングと俳優の演技がこれほどぴったりなのは、作品と舞台を知り尽くしているからこそだろう。
チャーリーを演じるのは34歳になったダニエル・ラドクリフ。物静かで神経質、強い信念を持つ劇作家・作詞家を好演。金儲けに忙しいフランクをなじるすさまじく早口な暴言ソングを見事にこなし、大喝采を受けた。
フランク役のジョナサン・グロフ(「春のめざめ」、「glee/グリー」)は、本来嫌なヤツのフランクをシンパシーを感じさせるキャラとして演じ切る。
そして、フランクへの絶望的な片思いをこじらせながら、3人の友情に心を砕くメアリー役はリンジー・メンデス(「カルーセル」でトニー賞助演女優賞)。歌も演技もつくづく上手いメンデスは本作の要と言える。
さらにこの3人のケミストリーが素晴らしい。仲が良かった頃の3人が歌う名曲「オールド・フレンズ」のシーンは、まばたきする間も惜しいほど喜びと輝きに満ちていた。
年末はラウンジでの飲み物付きで899ドルまでチケットが高騰しているが、1月以降はこの狂騒も落ち着く。ソンドハイムという不世出のクリエイターが認めた決定版は、延長に次ぐ延長で来年7月7日まで上演続行。(高橋友紀子)
Merrily We Roll Along
- 2024年7月7日(日)まで
- 会場:Hudson Theatre
141 W. 44th Street - $39〜
- 上演時間:2時間30分
- merrilyonbroadway.com