
アーカイブの責任者で娘のエリザベスさんとバーンズさん |
荷を積んだ大八車を引く男たち、そろばんで帳簿をつける商人、曲芸を見せる角兵衛獅子の子ら、どの写真も幕末から明治にかけどこでも見られた日本の普通の姿だ。
「写真がもつ証拠力は、文章表現をはるかに凌駕する」
これが持論のスタンリー・バーンズさん。その「ビンテージ明治時代・日本の生活写真展」がクイーンズのレゾボックス・ギャラリーで開かれている。
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元々、眼科医で現在ニューヨーク大学ランゴン・メディカルセンター教授でもあるバーンズさんがビンテージものの写真の蒐集に乗り出したのは40年前にさかのぼる。
現在は「バーンズ・アーカイブ」を設立して、百万点を超える膨大な写真の管理、展覧会や貸し出し、出版などを精力的に手がけている。コレクションされている写真の内容が変わっていて、今回の明治日本を捉えた写真、芸者や花魁の写真、戦争写真から死者の肖像写真や医学関連写真まで「レアもの」で占められているのが特徴だ。マンハッタン中心部にあるアーカイブ内部は、ビンテージ写真が収納スペースからあふれ出し、壁という壁、スペースというスペースは所狭しと埋め尽くされている。メディアへの露出回数や出版物は数え切れないほど。バーンズ・アーカイブはビンテージ写真界では広く知られた存在だ。レゾボックス・ギャラリーでの写真展は、ちょうど1年前の「芸者と花魁」写真展に続き2回目。
今回の展示作品は、幕末から明治初期に活躍した日下部金兵衛、横浜を拠点に活動したイギリス人フェリーチェ・ベアト撮影のものが多く含まれている。カラー写真ではあるものの、1枚ずつ手で彩色されたもので違和感はない。これらの写真はおおむねスタジオで撮影されたものが多い。
その理由について「これを見てください。日本を訪れた外国人用に作られたものなのです」とバーンズさんが見せてくれたのは分厚いアルバムで、表紙はまるで硯箱を思わせるような漆塗り。千鳥などがデザインされている立派な工芸品である。
「こういうアルバムを10冊ほど持っています」
当時の一般庶民にとって写真撮影などは高嶺の花。ガイジン向けの高級土産を、観光客がきちんと持ち帰ってくれたことが明治の生活を垣間見る貴重な資料保存につながったのだ。
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来月75歳を迎えるバーンズさんは、生まれも育ちもブルックリン。眼科医となってからの数年を、サンフランシスコで過ごした。そこで日本人コミュニティーの存在を知り日本文化にも触れた。
当初、バーンズさんの蒐集趣味は、世界中の銃や刀剣など兵器類に目が向いていた。日本の火縄銃もコレクションのひとつであったという。
それが1975年、一転してビンテージものの写真に出会い写真蒐集に目覚めたのだ。古い写真は歴史の証(あかし)だった。
医者としての興味から当初は医療関連写真が中心だったが、やがて幕末から明治時代に撮影されたビンテージ写真にめぐりあい、心を奪われる。貴重な資料であると同時になによりも美しかったからだ。
バーンズさんが出版した写真集でも特に名高いのは、1990年に出版した「Sleeping Beauty」という「死者肖像写真集」。人間の厳粛な終わりと尊厳を、永遠に閉じ込め気品すら漂わす逸品で、日本の古書マーケットでもよく知られ高値をつけている。
被写体の多くは子どもだが、19世紀の西洋社会では愛するものの最後のポートレートを永遠に残したいという気持ちがあったようで、西洋と東洋の死に対する感覚の違いがわかるようで興味深い。
なぜ日本人は死顔にカメラを向けることに抵抗があるのか、を考えると死者を敬う気持ち以上に「死」に対する畏れの気持ちの表れ、ではないかと思われる。
この写真集は近い将来、日本の出版社から再版される可能性もある、とバーンズさんは話す。紙面スペースの都合で掲載できないのが残念だ。
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現在、バーンズさんはアカデミー受賞者で数多くの傑作を世に出しているスティーブン・ソダーバーグがメガホンを取るHBOシネマックス制作の病院もの医療テレビドラマシリーズ「ザ・ニック(The Knick)」の撮影現場で、医療監修者として大忙しの毎日を送っている。
「月曜から金曜まで朝7時から夜7時まで12時間、毎日立ち会っているんです。写真の仕事は週末しかできない」と笑う。
冒頭で述べたように、古写真の魅力をいくら文字で語っても言い尽くすことは難しい。
なにはともあれバーンズ・コレクションに直接触れてみようではないか。
(塩田眞実)
明治時代・日本の生活写真展
■11月8日(金)〜12月5日(木)
日/火:休廊
■会場:RESOBOX Gallery
41-26 27th St., LIC
■入場無料
■resobox.com |