自分の歩んできた波瀾万丈な半生を記録に残したいと03年に出版された自叙伝「ヴェネツィア私のシンデレラ物語」(草思社) |
来シーズン開催されるカーネギー・ホール主催の「JapanNYC」のスポンサーの中に、日本人の名前があった。「チェスキーナ洋子」。ネットなどで検索すると、洋子さんはニューヨーク・フィルが08年国交の無い北朝鮮公演を行う際、援助のために数千万円を拠出して、一躍脚光を浴びた。このニュースを聞いて一度お会いしたいと思っていたところ、5月にニューヨークに来るとの情報があり、遂にインタビューをさせていただける運びとなった。
宿泊先の「ホテル・アテネ」のスイートルームに通されると、洋子さんは伯爵夫人という近寄りがたい雰囲気も全く無く、初対面でもフレンドリーに接してくれた。
今回のニューヨーク滞在は洋子さんがサポートしている「ロシアの恋人(?)」ワレリー・ゲルギエフ指揮のニューヨーク・フィルのストラヴィンスキー・フェスティヴァルの公演を聴くためだった。
会場のエヴェリー・フィッシャー・ホールのバルコニー席にはニューヨーク・フィルの音楽監督アラン・ギルバートと並んで座る洋子さんの姿があった。数十年前ゲルギエフに初めて会った時、「この人はお金がなさそうね(笑)と思ったの。当時のキーロフ・オーケストラはシベリア経由で日本に来て、奴隷のようだったわ」。
洋子さんのお陰なのか、ゲルギエフは現在超多忙な指揮者に成長し世界を駆け巡っている。
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北朝鮮公演の援助をするきっかけとなったのは「未だに実現していませんが、今度は反対に北朝鮮のオーケストラが、アメリカやロンドン公演を行うという計画があったのですが、政治的な理由でアメリカは援助ができない」という事情があったからという。
「北朝鮮のコンサート会場は巨大で、驚いた事にオーケストラの団員も暗譜で演奏していたの。ニューヨーク・フィルと合同でアリランをアンコールで演奏した時は感動しました」。
クラシックの音楽家や団体はどんなに著名で活躍していても、いつも資金を必要としている事はあまり世間には知られていない。マキシム・ヴェンゲーロフのように有名で実力のあるヴァイオリニストでさえ自分のヴァイオリンを持っていなかった。
ストラディ・ヴァリウスは現在数億円という値がついているからだ。「私は、お金を貸すのは好きじゃないから買ってあげたの」洋子さんにプレゼントされたヴァイオリンでカーネギー・ホールで演奏会が行われた。他にもイスラエル・フィル、キーロフ・オペラ、サンクト・ペテルブルク・フィルなどのオーケストラもサポートしている。
「NYフィルには日本人や東洋人のメンバーがたくさんいて嬉しいですね。今日はこれから、カーネギー・ホールのボード・ミーティングがあるの」苦労して勝ち取った莫大な遺産を惜しげもなく寄付し続けるクラシック音楽界の救い主、「人々の幸福は、わたしの幸福」と語る洋子さんに拍手を送りたい。
(針ヶ谷郁記者)
チェスキーナ洋子プロフィール:1932(昭和7)年、熊本県生まれ。東京藝術大学ハープ科卒。戦後初の公費留学生としてヴェネツィア音楽院に留学。1977年イタリアの資産家レンツォ・チェスキーナ伯爵と結婚。1982年チェスキーナ氏の死後、10年間にわたり遺産相続裁判を闘い、莫大な遺産を相続。以後、様々な演奏家、演奏団体を支援し続け世界を駆け巡る。現在ヴェネツィア運河沿いの由緒ある館に猫と暮らす。
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