ニューヨークを訪れた時、表千家の会員たちと記念撮影(2009年キタノ・ホテルで) |
茶の湯との関わりは、物心ついた時からあった。といっても、母親(俊子さん)に連れられて茶の湯の先生(表千家)の所によく、連れていかれたという。
しかし、それは子どものころのかすかな記憶だけで、今、茶の湯に大きく関わろうなどとは、思いもしなかった。
表千家同門会米国東部支部設立の動きは、1、2年前からあった。京都の本部家元では、支部長として「上野隆司氏」に白羽の矢をたて08年末から交渉してきた。というのも母親の俊子さんが表千家大阪支部の副支部長をしている関係で、本部家元からの強い要請があった。09年1月末、「支部長をお引き受けした」と回答があった。
ワシントンDCに10年以上住んでいて、文化を通しての日米交流の必要性を常日ごろ感じていた。「ワシントンはアメリカの首都ですから、とてもインターナショナルな街です。いろいろな国々の人たちとの接点にお茶は重要な要素で、日本との距離を縮められると思います」と快諾の説明をする。
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実家は大阪に本社を置く化学工業品製造企業の上野製薬。父親の隆三氏は化学者として多くの化学薬品を開発した人物として知られている。
関西の名門私学、灘中、高校を卒業したあと慶應義塾大学医学部に進学。大学時代は漕艇部(ボート)にいただけあってがっちりした体格だが、もの静かな話ぶりは研究者らしい。
「父や祖父と一緒のことをするのはイヤだ。違った分野で仕事をしたいと思っていた」そうだ。医学部進学の時は、隆三氏から「なんで化学ではなく、医学なんや」と反対された。でも「私から見ると、化学は少し時代的に古いと感じたんですね。これからは発明家として研究するには医学しかなかった」と断言する。
学生時代から研究活動を精力的に行った。医学部卒業後、京都大学大学院を経て多くの新薬開発に力を注いだ。
世界で発明特許を取得したものは900を超え、中でも緑内障・高眼圧治療薬「レスキュラ点眼液」(一般名イソプロピルウノプロストン)は94年に発売され、売上累計1000億円の大ヒット製品となった。
96年には開発拠点をワシントンDCに移し、自らも移り住んでいる。02年には会社を「SUCAMPO(スキャンポ=ラテン語で上野)ファーマスーティカルズ」に改め、新規医薬品の開発販売を始め、07年にはナスダックに上場している。この会社を共同で創業したのは生化学研究の第一人者で妻の久能祐子(くのう・さちこ)博士。新技術開発事業団などでバイオ
テクノロジーや生化学の基礎研究を行なってきた。
新薬開発の傍ら、文化活動にも力を注いでいる。2人は04年に、科学研究と芸術振興を奨励、支援、促進する目的で「S&R財団」を設立した。ウエノ賞は医学、薬学、公衆衛生学などヘルスケアサイエンスの分野で研究する
若い科学者を、ワシントン賞は気鋭のアーティスト(ファインアート、音楽、ドラマ制作、舞踊、写真、映像など)を表彰している。
「文化的な活動が今の一番の趣味ですかね」と笑う。これからは、茶の湯の世界も「文化活動」の舞台となる。
「お茶は日本を代表する文化です。私は長くアメリカにいるので、今回の表千家米国東部支部の支部長を受けてもいいかな、と思いました」。
茶室には日本独特の建築スタイルがある。「そこにいると時間と空間を飛び越えてしまう。日本に帰ったような錯角に陥って、文化交流というものが、本当にすぐ近くで体験できるんです。これこそ茶の湯のすばらしさなんです」と話し方にも熱がこもる。
支部長として一番やりたいことは「表千家のプレゼンス(存在感)を構築していきたい」と力強く話す。
東部地区の表千家の会員数は西海岸、ハワイに比べるとはるかに少ない。「茶の湯は伝統と歴史がありますから、本部と密接に連携して本部の持つ方向性を基本とすべきかな、と思いますね」。
しかし、日本とは同じようにいかなくても「東部支部」として「それなりの形は作っていくつもり」と目を輝かす。具体的には、現地と融合してインターナショナルな茶会も企画していきたいという。
「日本の茶会は地域のローカルな話が話題になりますが、世界から人が集まるワシントンでは、世界規模の話題の中でのお茶会になると思いますよ」とうれしそうに話す。
道具や作法など本質的なものは日本にかなわないが、グローバルな観点から「表千家のアドバルーン的役割」は果たせる、と自信を持っている。
(吉澤信政記者)
表千家の茶の湯
茶道流派の一つ。千利休を祖とする千家の家督を継いだ本家である。現在の家元は、千利休から数えて、14代目の而妙斎(じみょうさい)千宗左(せんそうさ)家元である。代々の家元は紀州藩主である紀州徳川家(御三家)の茶頭として格式を誇り、紀州徳川家と強いつながりがあった三井家とも縁があった。利休が理想とした「わび茶」とは、直接目に見る美しさではなくその風情のなかに美的な境地や心の充足を探究しようとする精神をもって見ることのできる美しさ、すなわち目ではなく心で見る美しさという。禅宗や和歌などの影響のもとに、日本の風土で独自に完成された「わび茶」は、表千家の茶の湯の底流をなしている。
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