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幻想的な神話の世界「ハデスタウン」

トニー賞8部門受賞!
幻想的な神話の世界
「ハデスタウン」

アメリカ演劇界で最も権威あるトニー賞が6月9日(日)に発表され、斬新な世界観が際立つ「ハデスタウン」がミュージカル作品賞、演出、オリジナル楽曲、装置デザイン賞など最多8部門に輝いた。

ギリシャ神話の楽人オルフェウスとエウリディケの悲劇に、冥界(ハデスタウン)の王ハデスと妻ペルセポネの関係を交錯。音楽、キャスト、ステージングまであらゆる面できらめく魅力をちりばめたミュージカルだ。

Hadestown
アンドレ・ド・シールズ(中央)は存在感ある演技で助演男優賞を受賞 (l to r) Eva Noblezada, Andre De Shields & Reeve Carney. All photos by Matthew Murphy

世紀末の雰囲気漂う古酒場。迷い込んで来たエウリディケはオルフェウスと出会い、求愛を受ける。幸せも束の間、春の女神ペルセポネが夫ハデスの住む冥界に戻り、世界は冬に閉ざされる。寒さと飢えに苛まれたエウリディケは、自分の歌が仕上がれば豊かになれると信じて疑わないオルフェウスに不信感を募らせて行く。ハデスは、私の町では単純な労働さえすれば飢えることはないとエウリディケを口説き、彼女は誘いに乗ってしまう。そんなハデスの浮気心をペルセポネは複雑な心境で見守るのだった。驚いたオルフェウスは冥界に辿り着き、彼女を生き返らせて欲しいと頼み込む。彼の歌に感動したハデスは願いを聞き入れる。ただし、地上に辿り着くまで決して後ろを振り返ってはならないという条件で…。

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Hadestown
ペルセポネは地上に春と豊穣をもたらす女神 Amber Gray & the Broadway cast of Hadestown

シンガーソングライターのアネイス・ミッチェルによる2006年の地方公演とアルバムからミュージカルに発展。2016年にオフ・ブロードウェイで初演、カナダ、ロンドン公演を経て今春ブロードウェイで開幕し、その芸術性が賞賛を博した。

まず、フォーク、ディキシーランドジャズ、ブルースまで多彩な楽曲は遊び心に溢れた歌詞と共に類を見ないほど質が高い。そして、個性ある俳優陣がシンプルな物語に奥行きを持たせている。ベテランのアンドレ・ド・シールズは神々の伝令使ヘルメスとしてストーリーテラーを務め、ずば抜けた歌唱力のアンバー・グレイ(ペルセポネ)とエヴァ・ノブルザダ(エウリディケ)を始め、キャラクターの立った実力派揃い。

ギリシャ神話から幻想的な世界観を創出した演出家のレイチェル・チャフキン(「ナターシャ、ピエール&ザ・グレート・コメット・オブ・1812」)は、今ブロードウェイで最も嘱望される演出家の一人。アルバムからミュージカルへの開発にも貢献した。ニューオリンズ風の酒場から死者たちが働く地底の工場まで、廻り舞台を利用した装置デザイン(レイチェル・ホーク)、デイヴィッド・ニューマンのダイナミックな振付も出色。しかも、同じクリエイティブチームがオフ公演とはガラリと印象の異なる舞台に仕立てた力量には感嘆を禁じ得ない。

HADESTOWN
ハデスとペルセポネの仲は冷え切り…Patrick Page & Amber Gray

この舞台が鮮烈な印象を残すもう一つの理由は強いメッセージ性にある。人間の心の弱さ・愛の力などの普遍的なテーマに加え、エウリディケや死者ら労働者と支配者ハデスの対比からは「経済格差」、厳しさの増した気候は「地球温暖化」など、現代社会に根差した問題を想起させる。中でも一幕の最後にハデスと死者が歌う「我々はなぜ壁を造るのか」と題された歌は衝撃的。トランプ大統領の出現より何年も前に作られた曲でありながら、まるで今の世の中を予言したような歌詞には息を呑む。

地上に辿り着く直前、不安に駆られたオルフェウスが振り返ってしまう悲しい結末は神話の通り。だが、オルフェウスの歌はハデスとペルセポネの愛を蘇らせ、愛の喪失と再生は永遠に続いて行く。

終演後はカーテンコールが終わるまで席を立たないで欲しい。拍手の後、ペルセポネがオルフェウスへの思いを込めて歌う曲は、この美しい舞台の余韻をいつまでも響かせてくれるから。
(高橋友紀子)

Hadestown

  • 会場:Walter Kerr Theatre
    219 W. 48th St.
  • $42.50〜
  • 上演時間:2時間25分
  • hadestown.com
Hadestown

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