日本は生まれ変われるか…
新総裁に逆転勝利の石破氏
9月27日、自民党の新総裁が決まった。日本国の次の総理が決まったということでもある。
この党内選挙、政権与党としての延命を図る選挙でもあった。来たるべき衆院選で勝たなければならない、来年の参院選も負けるわけには行かない、その「顔」に誰を据えるべきか。
写真は、自民党本部の壁面に掲げられた総裁選ポスターだ。Matchには「相応しい人」という意味がある。今回総裁選に当たって、自民党は「生まれ変わる」ことを約束した。それに「相応しい」総裁を選んで来るべき総選挙にも勝利する算段だ。
そもそもの発端は裏金事件である。自民党の派閥は木曜日正午に会合を開いていた。同時刻に開くことで他派閥との掛け持ちを許さない。それによって結束を強めていた。元総理の安倍(晋三)派や元幹事長の二階(俊博)派などが派閥の資金パーティで、パーティ券収入の一部を政治資金収支報告書に記載していなかったことが発覚する。当選回数や閣僚経験に応じて所属議員にパーティ券の販売ノルマを課し、それ以上の券を売ると議員個人の収入になるシステムが慣習化していた。中でも安倍派は、ノルマ越えのパーティ券を売り上げた議員にキックバックしながら政治団体の収支報告書には記載せず、雑所得として税務申告もしない「裏金」として勝手に使っていた。政治資金規正法と脱税という二重の違法・脱法行為である。
説明を迫られた安倍派幹部ら疑惑議員は「後援会活動に使った」「政治活動費だ」などと言って使途を明確にしない。中には巨額の裏金全額を「使途不明」で済ませた議員もいた。税務申告に際し、課税対象から外せる「経費」について、1円単位で領収証と使用目的を精査される一般庶民とのあまりの格差と優遇に、自民党支持者をも含めて激しい怒りが渦巻いた。
東京地検特捜部は23年11月から派閥の担当者らの事情聴取を始めていたが、議員ではない「会計責任者」の違法行為を指摘して起訴に持ち込んだだけだった。
派閥の弊害を指弾する声の高まりを受けて、岸田文雄総裁は自らの派閥である宏池会の解散を宣言、これを契機に、副総裁派閥の麻生(太郎)派・志公会だけを残して、最大派閥だった安倍派・清和会や、幹事長派閥の茂木(敏充)派・平成研究会、二階派・志帥会などが相次いで解散を表明した。
「政治とカネ」が最大の焦点とされた通常国会では、しかし、政治資金規正法の生ぬるい改正案が成立しただけで、根本解決には程遠い結果に終わる。自民党内では、疑惑議員への処分が発表されたが、その中身も党員資格を失ったのが2人だけという極めつきの「生ぬるさ」で、反省のなさに庶民の怒りは収まるどころか一層高まった。
「これだけの不祥事を起こしてトップが責任を取らない」と非難に包まれていた岸田首相も、8月14日に「総裁選に出馬しない」と退陣を表明。これにより、派閥の縛りが無い初めての総裁選挙が行われることになった。自民党議員368人は旧派閥のボスや実力者の指示に従うことなく自らの信念で総裁を選ぶ――初めての体験をすることになった。
が、なかなかそうは行かない。
総裁選は国会議員票368に同数の党員・党友票を合わせた736票で争う。1回目の投票で過半数を獲得する候補がいなければ決戦投票となり、党員票は47都道府県で1票ずつに限定される。議員票の大量獲得が必須になる。
名乗りを上げたのは届出順に、高市早苗経済安全保障担当相(63)=無派閥▷小林鷹之前経済安全保障担当相(49)=二階派▷林芳正官房長官(63)=旧岸田派▷小泉進次郎元環境相(43)=無派閥▷上川陽子外相(71)=旧岸田派▷加藤勝信元官房長官(68)=茂木派▷河野太郎デジタル相(61)=麻生派▷石破茂元幹事長(67)=無派閥▷茂木敏充幹事長(68)=茂木派――の9人。08年と12年の5人を超え、過去最多の立候補者数で、9人中、女婿の加藤氏を含め5人が世襲議員。ついでに言えば、小林、林、上川、茂木の4氏がハーバード大ケネディスクールの出身だった。
結果は多くの読者が既にご存知の通り、5回目の挑戦となった石破茂が決選投票で逆転勝利して総理・総裁の座を掴み取った。
ただ、そこに行き着くまでに、醜悪としか言えない老人たちの権力への飽くなき闘争があった。主人公が麻生太郎という84歳の老人である。他の派閥が軒並み解散表明する中で、唯一、それを拒否した。総裁選にあたっては、自派の河野太郎が出馬を表明し、麻生も容認したのに、終盤に、その河野の形勢利あらずと知ると、河野支持を1回目から高市支持に乗り換えるよう派内に指示したと伝えられた。高市の議員票は各メディアの票読みでは40票前後とされていたのが72票にも膨れ上がったのはそのためである。しかし、決戦では逆転の憂き目を見る。
「キングメーカー争い」なのだという。党内の主導権は握っておきたいという愚かな欲望である。初めは、麻生と菅義偉・元総理の争いとされた。菅は早くから「小泉支持」を打ち出し、一見有利に戦いを進めているように見えた。決戦は「石破vs小泉」になると踏んで準備に余念がなかった。その間に、急速に支持を伸ばしてきたのが「超保守」とされる高市だった。麻生は「石破vs小泉」では出る幕がない。「高市を決戦に進めたい」一心で、自派の河野を見限ったのである。だが、「勝ち馬に乗りたい」という邪念は敢えなく潰えた。
一方の菅も、小泉の敗退で野望を絶たれた。
そこで漁夫の利を得たのは、総裁選出馬を断念した岸田文雄であった。
「令和版所得倍増計画」や「新しい資本主義」「デジタル田園都市構想」といった数々のスローガンを打ち出した岸田政権の政策は、ほとんど何も進むことなく終わった。実質賃金は過去最長のマイナスを記録し、GDPは4位に転落。増税プランや社会保険料アップという国民負担増のレールを着々と敷く一方で、24年1月にスタートさせた新NISAは「老後のお金は自分たちでリスクをとって稼げ」という代物。中央政府・自治体の情報化や、物価高、高齢化に伴う社会保障改革など、喫緊と言える課題にも有効な施策を打ち出していない。
負債をこれだけ残して退場し、本来なら表舞台から消えるはずの岸田が、「超保守」の高市を総裁にさせない場面で一躍脚光を浴びることになった。岸田派とされた名門・宏池会は解散宣言こそしたが、結束は消えていない。石破新総裁に恩を売る形ができたのである。いま永田町には「総裁選後の岸田一強へのしたたかな戦略」の結果だとする言説が流布している。
さて新総裁だ。党員や国民の人気は高いのだが、党内国会議員の評価は真逆で孤立していると言われていた。5月に都内の日本料理店で小泉純一郎元首相と会食した際、「首相になるには才能、努力、運が必要。努力の中では義理と人情を大切にしなさい」と諭されたという。石破も「足らざるところ」と認め、「38年間の政治生活の総決算。原点に戻って最後の戦いに挑む」と決意を新たにしている。幹事長、政調会長など党の要職に加え、防衛、農林水産、地方創生など閣僚経験も豊富。政治生活の集大成として生まれ変わろうとする石破が、自民党を、そして日本を生まれ変わらせることができるか、取り敢えず注目したい。(一部敬称略)