2020年12月18日号 Vol.388

終末迎える異形の大統領
2020年大統領選挙の顛末(2/3)
国際ジャーナリスト 内田 忠男

ドイツの週刊紙ディ・ツァイトを代表するジャーナリスト、ヨヘン・ビッター氏は11月30日付ニューヨークタイムズへの寄稿の中で「トランプ氏が民主党による投票ドロボウを止めろと叫んだキャンペーンは、百年前のドイツで起きた不幸で恐ろしい出来事の再現だ」と警告した。

ビッター氏によると、それは1918年11月9日、第1次大戦中のドイツ国王カイザー・ウイルヘルム2世が退位を宣言し、2日後、ドイツが降伏したことで起きた。ドイツ国内の右翼保守派は「戦場でドイツ軍は負けていない。これは共和制を主張する社会主義者とユダヤ人が結託した陰謀による降伏に過ぎない。永遠に国家の恥となる裏切りだ」と主張。「背後からの一突き」(ドイツ語でDolchstosslegende)と呼ばれるデマゴギー伝説となり、ヒトラーのナチスが勃興し専制に向かう素地になったとされる。ビッター氏は、トランプ大統領による「民主党の不正が選挙結果を盗んだ」と言う主張もデマゴギー、つまり壮大なウソの撒布に過ぎず、放置すれば民主主義の破壊につながるという論調だった。そう言えば、トランプも「民主党の陰謀」と言う言葉を繁く発していた。

12月1日になって忠実な側近の一人とされたバー司法長官がAP通信に「選挙結果を変えるほどの広がりを持つ不正の証拠は見つからなかった」と答えたことで、トランプの野望は事実上、虚しく潰えた。だが私は、このトランプという大統領候補者が7千4百万を超す、これまで現職大統領の誰も見たことのない得票数を獲得した事実にショックを受けている。

この4年近い間、私たちは破壊的で不条理で下品でウソつきで騒々しく恥知らずな、そして大国の大統領としての矜持も持たない行状を日常的に見てきた。同盟関係にある外国首脳をクソミソに貶したかと思えば、習近平や金正恩ら独裁者を手放しで褒めそやす。平仄(ひょうそく)の合わない言動をどう受け止めるか、首を傾げてきた。
|
この異形の大統領に想像を越える支持者がいる。なぜだ、なぜなのか。そこに私はアメリカという国家の中にある、あまりにも深い分断の溝を見るのだ。


2020年9月29日、米大統領選の第1回テレビ討論会で(Photos by Adam Schultz / Biden for President)

ピューリサーチセンターによれば、トランプ支持者の88%が選挙結果を違法と信じ、89%がバイデン政権によってアメリカは長く甚大な被害に晒されると考えている。

トランプ大統領は就任の日から、常に政治のアウトサイダーであることを売りにしてきた。彼の行動は、既成政治家や高級官僚、有力マスメディア……といった、首都ワシントンの代名詞インサイド・ベルトウェイ(彼はこれをスワンプとも呼ぶ)の住人が後生大事にしてきた既得権益を全否定することから始まった。その背景には、これらエスタブリッシュメントとも呼ばれる政治エリートたちに対する大衆の強烈な怒りがあった。そして、この怒りは今も消え去っていないのである。

全米に広がる支配階級への怒り

第2次大戦後の冷戦が終わり、アメリカが唯一の超大国になった1990年以降、世界はグローバル化の時代を迎えた。インターネットという未曾有の利器の普及とも相まって、国境の意味は薄まり、ヒト、モノ、カネ、情報が全地球的にフルスピードで動き回る。カネにカネを産ませる金融資本主義が広がり、ごく一部の当事者を除くと、そのカラクリとスピードに弾き飛ばされてしまう。この波に乗れた人と乗れなかった人の間にはかつてない所得格差が生まれ、日毎に拡大していった。

その一方で、企業活動にも当然大きな変化が生ずる。グローバル化の進捗は、世界の産業地図を、これもフルスピードで塗り替えていった。折から「社会主義市場経済」の看板を掲げて改革開放を加速した中国が、外国製造業を引き込むことで、世界の生産基地となり、輸出基地となった。引き替えに、かつての先進工業国にあった生産拠点は縮小を余儀なくされ、雇用は失われた。アメリカでも、特に労働集約型の鉱工業が縮小・閉鎖に追い込まれる。かつてアメリカ経済の担い手だった中西部の工業地帯はラストベルトと呼ばれる錆びついた廃墟の町になっていった。

政治は本来、こうした急速な社会状況の変化には、影響を極力緩和する政策を打ち出して人々の被害を極小化すべきなのだが、エスタブリッシュメントたちの動きは鈍かった。変化が速過ぎて対応できなかった面もあっただろうが、グローバル化の華々しいメリットに目を奪われて、ネガティブ・イフェクトに目が配れなかったと言えるだろう。

自分たちがこれほど酷い目に遭っているのに、政治は何もしてくれない……見捨てられたことへの不信と欲求不満は、怒りに昇華する。まさに首都ワシントンという政治の都と、そこに安住するエスタブリッシュメントに向けられた怒りだった。(次ページへ)

1 < 2 > 3
<2/3ページ>



HOME