2021年12月17日号 Vol.412

音楽が繋ぐ世界「グローバルフェスト」(1)
10アーティスト出演

食傷気味の流行語になったパンデミック。音楽業界にも大打撃を与え、なおも状況は混沌とする中、ワールド音楽祭「globalFEST(gF)」が、奮起一発、荒波を乗り越えて老舗ウェブスターホール(マンハッタン)に戻ってくる。今回は2年ぶりに待望の有観客で1月16日に開催を決めた。前回同様、ナショナル・パブリック・ラジオ(以下、NPR)の「Tiny Desk Concert」とタッグを組み、1月18日から20日までの3日間、オンライン視聴も可能になる。正に名の通り、パフォーマーも観客もグローバルに繋がる。(河野洋)
今回はニューヨークを拠点にする2人のアーティストを紹介したい。2年連続出演となるバンジョー奏者のノラ・ブラウンと、インド生まれでカナダ育ちの女性シンガー、キラン・アルワリアだ。

ノラ・ブラウン(アメリカ)

アパラチア山脈を旅するスナフキンのような吟遊詩人とでも言おうか。写真に映る「渋い」というイメージからはかけ離れた若干16歳のバンジョー奏者ノラ・ブラウンは、オールドタイム音楽をバンジョーと歌で聴かせるブルックリン在住の高校生だ。その歌声は初老の語り部を連想させる。

彼女に音楽の道を開いてくれたのは歴史家で、教育者でもあった故シュロモ ・ペスコーという老人だった。「私は6歳の時にシュロモにウクレレの手ほどきを受けましたが、彼の部屋には楽器がたくさんあって、その中のバンジョーに次第に興味を持つようになりました」

バンジョーが活躍する音楽といえば、カントリーミュージックやブルーグラス。しかも、ノラが傾倒したのはオールドタイム音楽というアメリカの伝統音楽だった。「正直、幼すぎてオールドタイム音楽が何かなんて理解していなかった。新しいも古いもありませんでしたが、楽器を学ぶため、よく演奏しました」
音楽を語る上で、ジャンルやスタイルで区別する必要は全くなく、演奏者は聴衆の生き様を象徴する。その意味で、リスナーはノラの年齢に惑わされることなく、彼女の声とバンジョーに耳を傾けることで、古き良きアメリカの情景が見えるはずだ。

「オールドタイム音楽の曲には人の生き様や生き方が描かれています。私は音楽を通して様々な人々と出会い、語らい、コミュニティへの繋がりを感じています」。ノラはコロナ渦中もオンラインを通してバンジョーを教え、コンサートを行い、コミュニティとの繋がりを大切にしている。

2019年10月に伝統音楽11曲を収録した「Cinnamon Tree」、2021年9月に7曲入りのEP「Sidetrack My Engine」を発表。高校生でありながら、プロとして音楽を追求し続け、学業と演奏活動を両立。そして今回、世界の音楽祭典で米国音楽の代表としてステージに立つ。

「私が考えるアメリカ音楽は、多数の文化や人々が混在する中で生まれる交差点から派生するもの」。家族や友人が集う場所で、人々が親しみを感じ、歌い、語らい、ダンスをする。米国の古き良き伝統音楽を奏でるノラ・ブラウンの音楽は、まるで自然の中で人々が囲むキャンプファイヤーのようだ。

キラン・アルワリア (インド/カナダ/アメリカ)

インド音楽の生き字引とも言えるキラン・アルワリアは、公私ともにパートナーであるレズ・アバシとニューヨークを拠点に活動。インド音楽を熟知したキランのフィルターを通せば、レズが作り出す多様なスタイル、異なるジャンルの楽曲でも、インド音楽の本質を失うことなく完璧にブレンドされてしまう。キランの包容力ある歌声は、瞑想的なインド音楽の媚薬である。

かつてイギリス領インドはパキスタンとインドに分割された。インド出身のキランとパキスタン生まれのレズが母国の歴史や政治の重圧が少ないニューヨークで、インド音楽を自分たちの新しいサウンドとして追求することは理に適っている。

キランはインドに生まれカナダへ移住。5歳からインド音楽を学び、カナダの大学を卒業後、母国で10年間インド音楽を勉強した。一方レズは、パキスタンに生まれカリフォルニアで育った。ロサンゼルスでラジオから流れてくるロックンロールやポップスに没頭し、16歳でジャズに傾倒、その2年後にインド音楽を知った。

二人の背景を見ると、大地に根ざす世界中の音楽を吸い上げ、インド音楽という大きな幹を通して、七変化の枝葉を伸ばすミュージックツリーを想像してしまう。

「ジャズやロックはもちろん、西アフリカ音楽、パンジャブの民謡リズムまで、ありとあらゆるスタイルを取り入れアプローチをします。でも決してカット&ペーストするのではなく、私たちの血となり肉となった揺るぎないインド音楽をベースに、それらのエッセンスを継ぎ目なくブレンドさせます」

最新アルバム「7 Billion」は、リスナーを空飛ぶ絨毯に乗せて、異国の地へと連れていく。そこには、まるで万華鏡のような音楽模様が広がっている。

「インド音楽を追求し、伝統を継承することで、私たちのアイデンティティが確立され、他の音楽と明らかな差別化ができます。伝統音楽に新しい要素を取り入れたハイブリッドなコンテンポラリー音楽を作っているつもりです」

世界のどこにいてもアイデンティティは常に自分の内側にある。感じるすべてのものが自分を形成していくのだというキラン。「(インド語の)歌詞の意味がわからなくても、メロディ、リズム、私の声を通して日本人の皆さんに私たちの音楽を届けられたらと思っています」と語る。彼女を支えるレズは「心を開き、僕たちの音楽に耳を傾けてほしい」とメッセージを送る。

インド風味たっぷりの歌声に様々な音楽エッセンスをちりばめた、キラン・アルワリアの新種のエスニック音楽をぜひお試しいただきたい。(次ページへ)

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