2021年12月17日号 Vol.412

進行する新生メットの改革(1)

メトロポリタン美術館の大階段の上に広がるヨーロッパ絵画の展示室。全45室のこのギャラリーでは、2年前から天窓の改修工事が始まっている。すでに約半数のギャラリーが新装オープンし、天井のガラスパネルが一新された室内には、柔らかな自然光が満ちている。スペースばかりか、作品の見せ方も斬新だ。この部門を率いる新絵画部長の登場とも合わせ、新生メットの展開に期待と注目が集まっている。(藤森愛実)


Installation view of Gallery 616, “Women Artists and History Painting”. Photo by Anna-Marie Kellen, Courtesy of The Met

ヨーロッパ絵画の
国際性と対話


一巡してまず気がつくのは、「自然を写す絵画」「対話:北と南」など、各部屋を導くテーマの設定だろう。ルネサンスからバロックへ、ロココから新古典主義へといった時代様式の流れや、イタリア美術と北方絵画の違いなど、いわば美術史の教科書をおさらいするような従来の展示法ではなくなった。

たとえば、「バロックの肖像画」と題された一室には、ルーベンスの自画像やヴァン・ダイクの優美な王妃像、ムーア人を描いたヴェラスケスの傑作「フアン・デ・パレーハ」が並び、異なる国の画家が共存している。いずれもイギリスやスペイン王室に重用され、文化の外交官として活躍した、今でいうグローバルなスター作家たち。そうした当時の国際性を強調し、作家同士の対話を促す試みとなっている。





驚きは、「バロックの歴史画」の展示室だ。ルーベンスやプッサンら巨匠画家と肩を並べて登場するのは、17世紀イタリアの女性画家アルテミジア・ジェンティレスキ! 父オラツィオの工房で修行し、カラヴァッジョ風の光と影の絵画で知られる彼女の数奇な生涯は、映画にもなっている。ともあれ、幅3メートル近いメットの大作は、旧約聖書の「エステル記」に由来する宗教画。1969年の収蔵だが、これまで常設展示に並んだことはあったろうか。


Anthony van Dyck, Queen Henrietta Maria, 1636. Bequest of Mrs. Charles Wrightsman, in honor of Anette de la Renta, 2019

18世紀フランスの王立アカデミーに学んだ女性画家については、これまでも紹介されてきた。新展示では、この女性画家をテーマとする一室が新たに設けられ、ルイーズ・ヴィジェ・ルブランやアデライード・ラビーユ=ギアールら、革命前夜のパリで活躍した画家たちが大挙して登場する。中でも近年収蔵のルブランの少女像「鏡を見つめるジュール・ルブラン」は、自身の娘を描いたもの。何とも愛らしい。

さらにもうひとつ。「新ジャンル」のテーマで展開する展示室では、17世紀オランダのクララ・ペーテルスや同イタリアのオルソラ・マッダレーナ・カッチャといった、正直、名前すら聞いたことのない画家の堂々とした静物画が主役である。鮮やかな草花や果物の絵。いずれも昨年度の購入もしくは寄贈による新収蔵品だ。

「ここ数年、多くのことが起こり、美術界でもこれまで見過ごしてきたものや排除してきたものに意識的になろうとする動きがあります。(中略)ヨーロッパ絵画のキュレーターとして、いま私たちに課されているのは、これら女性画家の収集・展示を増やしていくことなのです」


Canaletto, The Grand Canal, Venice, Looking Southeast, with the Campo della Carità to the Right, 1730s. Bequest of Mrs. Charles Wrightsman, 2019

現代アートならいざ知らず、オールドマスターズ(いわゆる男性の巨匠画家)を扱うヨーロッパ絵画部門のトップから、こんな発言が出るとは思わなかった。だが、「変化を求める動きは常にあり、前進するには今しかないと自覚する時が遂にやってきたわけです。面白いことに、ひとつ変われば、そのほかのことにもよりオープンに取り組める」とも語っている。(次ページへ)

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