2022年12月16日号 Vol.436

美術館で見る多彩な世界(1)

ニューヨーカーの特権といえば、常にハイレベルの美術展に囲まれているということだろう。もとより、見たい時に見るといった気軽さは、コロナ禍の影響で多少失われ、時間予約による前売りチケット制を導入している美術館は多い。が、混まずにそれだけゆったりと鑑賞できるということだ。マヤ文明の遺物から現代のファッションまで、今季もまた、多彩な世界が一瞬にして広がる大規模な企画展や巡回展が目立っている。(藤森愛実)


Installation view of “IX Metamorphosis”

ファッションで辿るセレブ文化
@ブルックリン美術館


華やかさの筆頭は、ブルックリン美術館でオープンした「ティエリー・ミュグレー:至高のクチュール」展である。思えばこの8月、三宅一生、森英恵とファッション界の巨匠が相次いで逝去した。フランス人デザイナーのミュグレー(1948〜2022)もまた、年初めに亡くなっている。73歳だった。

生前、回顧展など無用とする本人を説き伏せて実現された本展は、カナダのモントリオール美術館の企画で始まり、ブルックリンは最後の巡回地。全10室に広がる展示は予想外の規模で、ホログラフィーや光と鏡の空間などアート的な展開も目を奪う。何よりの特徴は、ファッション写真の豊富さだ。



ヘルムート・ニュートンやマリオ・テスティーノら有名写真家の雑誌掲載のグラビア写真が壁面を飾り、後半の一室には、ミュグレー自らの撮影による広告キャンペーンの大型写真が登場する。また、衣装ばかりか演出まで手がけたミュージック・ビデオの数々が紹介され、通常のファッション展にはない賑やかさだ。


Installation view of “IX Metamorphosis”

肝心のドレスはといえば、舞台衣装かと見紛うほど派手で奇抜。黒と白で統一されたスーツにしても、極端に細いウエストや、胸や臀部の強調など、女性パワー全開といったところ。とはいえ、ふんわりプリーツ(手折り)のスカートがダブルに重なった優美なイブニングドレスや、鱗状の素材に細かなビーズが刺繍されたマーメイド風ドレスなど、息を呑む美しさ。どちらも90年代後半のクチュール・コレクションの代表作だ。


Installation view of “II The Photographer’s Eye: Helmut Newton”

ストラスブール生まれのミュグレーは、14歳でバレエを始め、プロのダンサーとして6年間ほど活躍していたという。「僕の真の天職は舞台」との発言にもある通り、衣服とは衣装、さまざまに演出してこそ輝くとの信念のもと、パリコレの発表では、サロンやランウェイといった限られた顧客向けのショーより、大観衆を巻き込んでのイベント型を好んだ。

2000年代に入ると、ミュグレーはファッション界から離れ、いよいよ舞台や映画の仕事に専念するようになる。本展は、ある意味では、90年代を席巻したスーパーモデルの登場や、ミュージシャンや写真家らセレブ文化を背景とするある時代の回顧展であり、それだけに懐かしい。(次ページへ)

Thierry Mugler: Couturissime
■2023年5月7日(日)まで
■会場:Brooklyn Museum
 200 Eastern Pkwy, Brooklyn
■大人$20〜
 学生/シニア(65+)$12〜
 4〜12歳$8〜、3歳以下無料
www.brooklynmuseum.org

1 > 2 > 3
<1/3ページ>


HOME