2023年12月15日号 Vol.460

泡沫(うたかた)が招く末世
悪しき指導者たちの嘘に乗るな(2)
国際ジャーナリスト・内田忠男


ネタニヤフ
究極のシオニスト


ベンヤミン・ネタニヤフ――イズラエルには、過去にも記憶に残る強腕の保守政治家が少なくなかったが、中でも第1級、究極の横紙破り、強権で平和を撹乱し、パレスティナ問題の解決を永劫に反故にしようと日々画策してきたとしか思えない。首相としての通算任期は15年を超え、最長である。この間、ネタニヤフは、パレスティナをユダヤ人だけの領域にするためにあらゆる暴政を敷き続けてきた。

歴史をさらっておくと、イズラエルの歴史は、1947年11月の国連総会におけるパレスティナ分割決議に遡る。大戦直後で「戦勝国の機関」と言われた国連は、かつて父祖の血を追われ2000年近い流浪の暮らしを強いられたユダヤ人を差別・迫害し、ナチスによるホロコーストまで招来した「原罪意識」を持つ欧米有力国が実権を握っていた。その国連が、第1次大戦後オスマントルコ領からイギリスの委任統治領となっていたパレスティナを、「アラブ人とユダヤ人の2国家に分け、4大宗教の聖地エルサレムは国際管理下に置く」と決めたのである。ただし、国土の分配率はユダヤ国家56・5%に対しアラブ国家43・5%。シオニズム運動の高まりで帰還・入植したユダヤ人が増えていたとは言え、その所有地は7%前後に過ぎなかったという。

この不公平を不満としたアラブ諸国は、翌48年5月のイズラエル建国と同時に第1次中東戦争を起こすが、欧米有力国から手厚い軍事援助を受けたユダヤ軍の敵ではなかった。

以後、この地では73年10月の第4次まで戦争が繰り返された。中でも67年6月の「第3次」では、イズラエル軍がわずか6日間の戦で、エジプトからガザ地区とシナイ半島、ヨルダンから東エルサレムとヨルダン川西岸地区、シリアからゴラン高原を占領、一気に領土を4倍以上に拡張した。国連安保理は、それから5ヵ月も経った11月にやっと、イズラエルに占領軍の完全撤退を命じる242決議を採択したが、イズラエルは聞く耳を一切持たなかった。



エジプトにシナイ半島を返したのは、78年にエジプトと平和条約を結んだはるか後だったし、広大なヨルダン川西岸地区に至っては、94年にヨルダンと平和条約を締結した際、ヨルダン側がパレスティナ自治区の用地として、自国の領有権を放棄して譲ったのであった。ただ、ネタニヤフらは、この西岸地区にもユダヤ人の入植地を際限もなく拡大し、その都度、先住していたパレスティナ人から土地を奪って追い出している。こうして自らの土地を不当に奪われた難民の総数は、イズラエル建国以来、今日までに世代も重ねて2600万人に上っているという。帰還先はない。

シリアのゴラン高原は、78年に一方的に併合を宣言、ガザ地区は2005年まで占領を続けた。聖地エルサレムは自国だけの「永遠の首都」としてしまった。


「CRIME MINISTER」と描かれた横断幕を掲げて行進するネタニヤフ首相への抗議デモ(2020年10月3日、エルサレムで撮影)Nir Hirshman Communication / CC BY-SA 4.0

大戦後の平和時に力づくでこれほど領土を拡大した国は他にない。さらにイズラエルは、70年に発効した国連のNPT核拡散防止条約にも加盟せず、60年代後半以降、核武装していることは世界の常識になっている。その後に核武装を画策して非難を浴びたインド、パキスタン、北朝鮮、イランなどへの扱いに比べ、腫れ物にでも触るように何も言わない国際社会のありようは、どう考えてもおかしいではないか。

こうした歴史にネタニヤフが全て絡んできたわけではないが、アラブ世界やパレスティナ人たちにとって、この不公平・不公正が不満のタネにならぬはずがない。

ネタニヤフは、パレスティナの抵抗勢力を「テロリスト」と一刀両断する。23年10月7日、ガザ地区を支配していた「ハマス」という組織が、「イスラム聖戦」など他の抵抗組織とも呼応して軍事行動を起こし、ネタニヤフの肝を冷やす大規模攻撃を行なった。

ガザ地区は、05年の占領開放後もユダヤ人居住区とは高い壁で隔絶され、「天井のない監獄」と比喩されてきた。敵対するユダヤ人に加えて、国際社会からも同情や援助の手を差し伸べられることの少ない抵抗勢力が暴発するには、それなりに理由があった。

不意を突かれて損害を被ったネタニヤフは、半狂乱のように「ハマス殲滅」を怒号して、受けた攻撃に数十倍する報復攻撃を開始、あっという間に10倍を超すパレスティナ人を血祭りに上げた。「血に飢えたオオカミ」という言葉がどちらに相応しいか、自明である。最後のシオニスト、ネタニヤフの嫌パレスティナ感情と抹殺政策が改まらない限り、パレスティナ人とユダヤ人の敵意と対立が収まることは永久にないだろう。

他地域では武力による現状変更を否定しながら、イズラエルにだけは不合理を認めないダブルスタンダードのアメリカも、この姿勢を改めない限り、パレスティナの不安定が国際情勢の火薬庫である現実が遠のくことはあり得ない。


トランプ、バイデン
犯罪の匂いプンプン


本場アメリカの話が最後になってしまった。2024年に大統領選挙を迎える。通算26年という歳月を刻んだこの国を、私は好きである。けれど、現状は好きになれない。

私にとって1976年から取材し続けてきた大統領選挙は重大な関心事だが、16、20年と2回続けて選択肢のない選挙だった。ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの16年、トランプは論外だったが、口数が多いだけの嘘つきヒラリーは私にとって嫌悪の的だった。トランプとジョー・バイデンの20年も、政治歴が長いだけで行政官・統治者としての実績がなく、高齢でもあるバイデンに全く期待が持てなかったからだ。そして実績もその通りになっている。ウクライナへの五月雨的な「逐次支援」こそ失敗の典型である。

ところが、投票日まで1年も無くなった今日、またしてもバイデン対トランプの対決になりそうな雲行きである。この二人では何故いけないか?

2人とも身辺に犯罪の臭いを紛々と撒き散らしている人物だからだ。犯罪者を、このアメリカという大国の大統領にしてはならないのは当然だろう。

トランプは少なくとも4件の犯罪を犯した疑いで起訴されている。まず90年代に起こした女性へのセクハラ事件を大統領選前に口止め料でモミ消そうとした事件。次に大統領退任後、国立公文書館に寄託すべき最高機密書類をフロリダの自宅に持ち帰っていたこと。スパイ活動法違反さえ問われている。


(左写真)2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件、連邦議会議事堂の建物外に集結した群衆(2021 storming of the United States Capitol, Tyler Merbler / CC BY 2.0) (右写真)4つの事件で起訴、逮捕された際に撮られたトランプ前大統領のマグショット Fulton County Sheriff's Office State of Georgia, 08-24-2023

3件目は、ワシントン連邦大陪審による重要な起訴で、トランプ支持者らが21年1月6日、連邦議会議事堂に乱入・占拠して、バイデンを次期大統領に選ぶ議会の手続きを一時停止に追い込み、議員らの避難を余儀なくさせたうえ、暴徒と警官隊が衝突、警官1人を含む5人が死亡した事件で、トランプ自身が暴徒の議会侵入を唆した疑い。▽不正により大統領選結果をゆがめ国を欺いた罪▽大統領選結果を確定させる議会手続きを妨害した罪▽選挙人選出の手続きを妨害した罪▽投票し、票を集計される公民権を妨害した罪――の4つの罪に問われている。

4件目は、20年選挙でジョージア州で敗北した結果を覆そうとして州務長官らに不正行為を行うよう圧力をかけるなど13件もの罪状に問われている。

むろん、司法の場で有罪評決が出なければ「犯罪人」にはならないが、ごく常識的に考えた場合、起訴案件の多くが有罪になる可能性は極めて高い。濃厚な疑惑なのである。私に言わせればトランプの犯罪はもっとある。大統領に相応しい人物か、申すまでもないだろう。


Hunter Biden, September 30, 2014 ©GODL-India

ジョー・バイデンとて犯罪疑惑に無縁ではない。

バイデンには、ハンターという53歳になっても父親依存の強い息子がいる。そのハンターが、ウクライナや中国など、アメリカとの関係が注目される国でおかしな経済活動をしてきた。
ウクライナでは、バイデンがオバマ政権で副大統領を務めていた14年から天然ガス会社プリスマ・ホールディングスの社外取締役を務め、月額5万ドルにも上る報酬を受けていた。ウクライナは兼ねてから「汚職大国」の名が高く、「何をするにもワイロが必要」などと言われてきた。ハンターがアメリカ副大統領の実子という身分をカサに何をして多額の報酬を得ていたか疑惑が深い。

中国では、13年12月に副大統領のバイデンが訪中した際、同行。その直後に、ハンターが友人と設立した未上場株を取引する会社の口座に中国の銀行から10億ドルの出資金が振り込まれ、それが後に15億ドルに増額された記録がある。副大統領の息子という身分が呼んだ巨額投資の匂いが強い。

それだけでなく23年6月には、税金未納や銃所持をめぐる罪についてデラウェア州連邦地裁から訴追され、一時、伝えられた司法取引成立が否定されてもいる。ハンター周辺には、このように犯罪の色濃い経済活動があり、父親の公職との関係が強く指摘されているのである。父親のジョーは、この道楽息子を「誇りに思う」などと言っているのだから語るに落ちる。
いずれ劣らずロクでもない2人の大統領候補。こんな2人のどちらが大統領になろうと、アメリカが世界の尊敬を集める国になるはずがないではないか。

他にも、イランの最高指導者ハメネイー、トルコ大統領エルドアン、サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子、EUにいながら中ロと親交を結ぼうとするハンガリー首相オルバーン・ヴィクトル……誰も世界全体のことなど考えていない。私利私欲、当座の利益に目を奪われているだけなのだ。

総じて、国際社会の撹乱要因となっている指導者は嘘を多用する。胡散臭い指導者を見れば「嘘つきと思え」。

最後に日本の岸田文雄はどうか。端的に言って頭が悪い。総理という職分は学業優等である必要はないが、頭が悪いのは困るのだ。キレキレとまで言わずとも、並以上の創造力と想像力、視野の広さ、記憶力、伝達力がないと務まらない。その意味では「落第」と断じざるを得ない。

かくて私たちの周囲には、尊敬できる国家指導者が一人もいない。これは「超異常」なことではないか。

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