2022年11月25日号 Vol.435

インタビュー:荻上直子 監督
映画 [川っぺりムコリッタ]

「友達でも家族でもない、でも孤独ではない」

Photo by KC of Yomitime

荻上直子(おぎがみ・なおこ)監督が原作・脚本も手がけた「川っぺりムコリッタ」。塩辛工場で働く前科者の青年・山田(松山ケンイチ)は、社長から古い安アパート「ハイツ・ムコリッタ」を紹介され入居。人との交流を避け、静かな毎日を送りたい山田だが、無神経な隣人の島田(ムロツヨシ)、墓石販売員の溝口(吉岡秀隆)、未亡人で大家の南(満島ひかり)たちと次第に関わり合いを持っていく。そんなある日、山田は父が孤独死したことを知らされる。



「元々のアイデアは、NHKの番組『クローズアップ現代』で見た孤独死についてのドキュメンタリー。引き取り手のない遺骨が市役所にたくさんあることを知り、ショックを受けると同時に、そんな遺骨を題材に物語を作りたいと思いました」

映画の舞台は富山、とある川の近く。富山の「黒い塩辛」が有名だったことから選んだという。タイトルの「川っぺり」について監督は、「私自身、川沿いに15年程住んでいます」と話す。

「私の周囲の時間は川の流れのようにゆったりとし、リラックスできていると感じます。やはり川がそうさせてくれているのでしょう。川っぺりにはいろんな顔があり、ホームレスのおじさん、川沿いを歩く人、ジョギングする人など、皆の生活の一部になっていると考えています」。水の流れを見ていると「心が休まる」そうだ。

一方、心地よい川沿いでも、ひとたび自然災害が起きれば危険なエリアに変貌する。劇中で「川べりに住むことで生命のギリギリを感じていたい」と話す山田から、川とは「生と死」の両面を合わせ持つ存在であることに気付かされる。

上映会場で(Photo by KC of Yomitime)

同作には豪華キャストが集結。

青森出身で津軽弁を話す松山ケンイチは、「イタリアの映画祭で偶然お会いしたことがきっかけです。好青年で、その純朴さが主人公のイメージにぴったりでした」と説明。

「島田」探しは難航したそうだが、「ムロさんは根がチャーミングな方。どこか憎めない、という島田のキャラクターに合ったと思います」

フォークロック・バンド「たま」で活動した知久寿焼は、ホームレス役として出演。「知久さんの曲『夕暮れ時のさびしさに』が大好き。本作の世界観と一致するところもあり、不思議な歌詞からインスピレーションを受けたことで、一気に脚本が書けました」

子役の2人(南の娘、溝口の息子)は全くの素人を富山でキャスティングした。「好奇心からカメラを必要以上に見つめていたり、セリフも普通に忘れてしまったり(笑)。いわば演技をしようとする役者さんとは真逆の立場で、その佇まいがとてもナチュラルなんです」

そしてペットにヤギが登場する。「ココにヤギが居たら面白いなと(笑)。役者さんたちが演技中、状況に拘わらず突然ヤギが鳴く。皆で一つの物語を作ろうと演技する中に紛れ込んだ『自然体』の存在。松山さんは『ものすごく刺激を受けました』と言って下さいました」。ヤギをキャスティングしたことで、作品にさらなる深みが生まれたようだ。

荻上監督作品の特徴とも言える「食卓」は本作でも健在。ご飯を焚き、おかずは塩辛だけという質素なものだ。ひとりで食べていた山田の元へ強引に押しかけた島田は、「ご飯ってね、ひとりで食べるより誰かと食べたほうが美味しいのよ」と、子どものような笑顔を見せる。

タイトルにある「ムコリッタ(牟呼栗多)」とは、仏教における時間の単位のひとつで1/30日、48分程度だ。ゆったりとした時間が流れる川っぺりのムコリッタで出会った人々は、友達でも家族でもない他人、だが皆、孤独ではない。そこには短いながらも、ささやかな「幸せ」が満ちている。(ケーシー谷口)


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