2021年11月12日号 Vol.410

視覚や視角を刺激する
映像と彫刻の融合
久保田成子「リクィッド・リアリティ」

Niagara Falls I, 1985. Courtesy Shigeko Kubota Video Art Foundation © 2021 Estate of Shigeko Kubota / Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

2年前の増改築でお披露目されたMoMA4階の「スタジオ」は、ちょっとお洒落な空間だ。53丁目に面した総ガラスの壁面を背景に、パフォーマンスやメディアアートが紹介され、その都度、印象的な時空間を創出してきた。いま、このスタジオとそれに続くギャラリーの一室で、久保田成子(1937〜2015)のミニ回顧展が開かれている。映像ポエム「自画像」と、70年代半ばに始まるビデオ彫刻の代表作6点の展示である。



なかでも、スタジオ内の「河」「ナイアガラの滝I」「ビデオ俳句―ぶら下がり作品」の3点がダイナミックだ。天井高のスペースのその天井から、丸型のモニターがぶら下がり、振り子のように揺れている。中央では、大小10台のモニターから溢れる色と光の響宴が、周囲の鏡や水に反射して、背景の窓ガラスを圧倒している。「河」は文字通り、舟形の水槽に水が流れ、緩やかなその水面にサイケな色やパターンが映り込む。

Video Haiku-Hanging Piece, 1981. Courtesy Shigeko Kubota Video Art Foundation © 2021 Estate of Shigeko Kubota / Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

映像自体の内容やメッセージ性に重きがあるのではない。実際には、旅日記のように撮影された土地や人々への久保田の思いが込められているようだが、画像は編集され、抽象化されている。モニターも、逆さまだったり斜めだったり、人の目から隠されている。そう、観客が目にするのは、水面や鏡面、立体の湾曲面に反射するイメージの方だ。そこには、自分の姿が映り込み、「ビデオ俳句」のように、展示室の一角にカメラが設置され、観客の動きをライブフィードで捉える作品もある。視覚や視角を刺激する、何と重層的な作りであることか。

白状すれば、私はこうした久保田アートの重要性にこれまでまったく気づいていなかった。この作家は、私の中では単に、ビデオアートの第一人者ナムジュン・パイク(1932〜2006)の「奥さん」でしかなかったからだ。本展をきっかけに、その豊かな経歴や人柄に目を開かれることにもなった。



久保田は新潟の出身で、東京教育大学(現・筑波大学)で彫刻を学び、教師として自活しながら、60年代初頭の美術シーンと関わっていく。読売アンデパンダン展に出品したり、内科画廊で個展を開いたり。帰国中のオノ・ヨーコやドイツから戻っていたパイクと交流し、この繋がりで、フルクサスの創始者ジョージ・マチューナスを紹介される。彼の招きで、作家仲間の塩見允枝子とともに渡米したのは、1964年のことだった。

Duchampiana: Nude Descending a Staircase, 1976. Collection of the Museum of Modern Art, New York © 2021 Estate of Shigeko Kubota / Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

60年代後半、ソニーが開発した一般向けのビデオカメラ「ポータパック」は、新しいアート表現を模索するアーティストたちの格好の手段となった。ビデオテープは、フィルムと違って、編集が自在だという。画像の色やシェイプ、スピードを極端にデフォルメする「パイク阿部シンセサイザー」(阿部修也との共同開発)の技法は、久保田の「自画像」に見ることができる。

初期のビデオアートは、モニターといえばTV受像器を改造したもので、そのモニターを複数並べたビデオインスタレーションや、ハプニング的アーティストビデオ、さらに巨大スクリーンの映像インスタレーションといった形で展開していく。だが、久保田が目指したのは、映像と彫刻の合体だった。その始まりが、よく知られた「デュシャンピアナ」のシリーズだろう。本展には、同シリーズからの「階段を降りる裸体」が登場する。

実体のない、消えゆくものとしての映像に彫刻というフォルムを与えた久保田。その作品は、展示されるごとに「今、この場所」という新たな次元を抱合し、再生する。本展の副題にある「リクィッド・リアリティ」とは、そうした水の流れの如きビデオ映像の特質を語る久保田自身の発言から取られたものだが、図録ではもう一つ、作家が愛した「行雲流水」の言葉が紹介されている。

久保田は決して見過ごされていたアーティストではない。国際展の最高峰「ドクメンタ」やホイットニー・ビエンナーレに登場し、ソーホーのスタジオは、常にアーティストの溜まり場だったという。私が見落としていただけなのだ。作家と一度もお話しする機会を持たなかったことは、本当に残念だ。が、私は久保田さんから学んだ思いである。「アートを見るとは、先入観のない心を持つことなのだ」と。(藤森愛実)

Shigeko Kubota: Liquid Reality
■2022年1月1日(土)まで
■会場:The MoMA
 11 W. 53rd St.
■大人$25、65歳以上$18、
 学生$14、16歳以下無料
www.moma.org


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