2020年10月30日号 Vol.385

シカゴ国際映画祭・レビュー2作品
「すばらしき世界」(監督:西川美和)
「泣く子はいねぇが」(監督:佐藤快磨)

今年56回目を迎えた「シカゴ国際映画祭(Chicago International Film Festival)」が、10月14日から25日までオンラインで開催された。映画という「芸術」と「映像」を通して様々な文化を繋ぎ、コミュニケーションを促進することが目的だ。

今回、上映された日本映画は、ニューディレクターコンペ作品の「泣く子はいねぇが」(主演:仲野太賀、吉岡里帆 監督:佐藤快磨)、インターナショナル長編コンペ作品の「朝が来る」(主演:永作博美、井浦新 監督:河瀬直美)と「すばらしき世界」(主演:役所広司 監督:西川美和)、短編の「MY EXERCISE(マイ・エクササイズ)」(監督:和田淳)の4作品。

ここでは、インターナショナル コンペティション部門で観客賞と主演の役所広司がベストパフォーマンス賞を受賞した「すばらしき世界」と、アメリカ初デビュー作品となった佐藤快磨監督の「泣く子はいねぇが」を紹介したい。(河野洋)



「すばらしき世界」(Under the Open Sky)


Under the Open Sky(すばらしき世界)Photo Courtesy of Chicago International Film Festival 

あらすじ(公式ウェブサイトから):下町の片隅で暮らす短気ですぐカッとなる三上は、強面の見た目に反して、優しくて真っ直ぐすぎる性格の男。しかし彼は、人生の大半を刑務所で暮らした元殺人犯だった――。一度社会のレールを外れるも何とか再生したいと悪戦苦闘する三上に、若手テレビマンがすり寄り、ネタにしようと目論むが…。三上の過去と今を追ううちに、逆に思いもよらないものを目撃していく――。


「あなたは犯罪者を受け入られられますか?」
社会の在り方を問いかける


両親に育てられた子どもに対し、親も家族もなく育った人間が、社会で生きていくということが困難であることは容易に想像ができる。主人公の三上正夫(役所広司)という男が、4歳で母と離別して以来、信じてきたものは、自分自身の価値観と愛情を注いでくれる仲間たちだけではなかったろうか。

運命のいたずらか、宿命か。理由は何であれ、殺人を犯した三上は、13年という刑務所生活を経て、社会復帰を誓う。しかし、刑期を終えて出所した半数以上が5年以内に、刑務所に戻ってくるという過去の記録からも分かるように、それが如何に難しいかを物語っている。

「社会の中に組み込まれた」という点で、前科者の三上も、一般人も同様だろう。皆、何かしらのレッテルを貼られ、縛られ、抑圧された生活の中で苦悩し、円滑に、波風を立てないように、正直でいることを避け、正義感という刃をひた隠しにして、生きている。

根本的には同じでありながらも、我々は、前科者を快く受け入れることができるのか…。映画は三上という男を介して、社会の在り方や、その「本心」をあぶり出す。

劇中、三上に対する風当たりは強く、人々は犯罪者を受け入れない。ところが、世の中は冷たい人間ばかりではない、という「救い」がある。親身になってくれる弁護士夫婦、近所の店長、福祉課の役員など、彼らなりのやり方で三上を支え、助ける。何度も足を引っ張られそうになりながらも、そんな暖かい仲間に恵まれたことで、三上の中に潜む怒りと狂気が抑えられ、少しずつ自身の足元を固めていく。仕事が決まって喜ぶ笑顔や、プレゼントされた自転車に乗ってはしゃぐ姿、子ども達とサッカーをして生き生きとした表情を見せる三上は、純粋無垢、元来は優しい男なのだ。生まれながらの犯罪者はいない。であれば、犯罪者を生み出すのは「人」なのか、「社会」なのか…。

同作の原案は、直木賞作家・佐木隆三の小説「身分帳」。映画の中でも、三上の経歴や所内での行動、態度を記録した身分帳が、テレビディレクター津乃田(仲野太賀)の手に渡ることで、ストーリーは展開していく。出所した三上の社会復帰を、カメラが追う「ドキュメンタリー」、という設定で、三上が普通の生活を営むことに苦悶するのと並行し、三上を食い物にしたテレビ番組の制作に、耐えられなくなっていく津乃田。

奇しくも津乃田は、前科者・三上と出会ったことで、人生の目的を見い出す。一人の人間が与える影響力は、その人物の過去とは一切関係ない。「すばらしき世界」とは、一人一人の人間が紡ぎ合う世界を意味し、三上もその世界を紡ぐ一人であるということを、我々に突きつける。そして、津乃田は三上を救い、三上に救われるのだった。

余談になるが、生まれ育った環境も仕事も全く違う三上と津乃田が、側近の女性の行動に対し、同じようなリアクションを見せるシーンが興味深い。兄弟分の姉御(キムラ緑子)が三上の耳元で囁く時、TVプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)が津乃田の膝に手を置く時、二人は相手の女性に対してどうすれば良いのかわからず、戸惑いの表情を見せる。これが実に面白おかしくシンクロする。見比べるてみると面白い。

上映時間:126分
公開日:2021年
脚本・監督:西川美和
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
出演:役所広司。共演に仲野太賀、長澤まさみ、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、安田成美、白竜、キムラ緑子
配給:ワーナー・ブラザース映画
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai



「泣く子はいねぇが」(Any Crybabies Around?)


Any Crybabies Around?(泣く子はいねぇが)

あらすじ(公式ウェブサイトから):たすくは、娘が生まれ喜びの中にいた。一方、妻・ことねは、子どもじみて、父になる覚悟が見えないたすくに苛立っていた。大晦日の夜、たすくはことねに「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事「ナマハゲ」に例年通り参加する。しかし結果、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、溜め込んだ鬱憤を晴らすように「ナマハゲ」の面をつけたまま全裸で男鹿の街へ走り出す。そしてその姿をテレビで全国放送されてしまうのだった――。 それから2年の月日が流れ、たすくは東京にいた。ことねには愛想をつかされ、地元にも到底いられず、逃げるように上京したものの、そこにも居場所は見つからず、くすぶった生活を送っていた。そんな矢先、親友の志波からことねの近況を聞く。ことねと娘への強い想いを再認識したたすくは、ようやく自らの愚行と向き合い、地元に戻る決意をする。だが、現実はそう容易いものではなかった…。


伝統を受け継ぐ意味と価値
主人公の苦悩と現実


第56回シカゴ国際映画祭で上映された「泣く子はいねぇが」は、佐藤快磨監督が脚本も手がけた初の劇場映画で、企画に是枝裕和監督が参加。

物語は、日本海に囲まれた秋田県男鹿半島を舞台に、一人の夫、父、息子、弟である主人公・たすくの成長過程と、彼を取り巻く人間模様を描く。また、冒頭とエンディングで、たすくの分身かのように現れるのが、男鹿とは切っても切れない伝統文化「ナマハゲ」である。

いつまで経ってもひとり立ちできないたすくにとって、ナマハゲの面は「隠れ蓑」として描かれている。ナマハゲという面を被っている限り、怖いものは何もない。「伝統」という重みに耐えきれない、現実から目を背けようとする、若いたすくの姿だった。

地元での失態から、東京へ逃避。失った大切なものを取り戻そうと再び男鹿に帰るが、彼を助けてくれる親友、優しく受け入れてくれる母など、与え続けられる故郷で、心の隙間は埋まるはずもない。

前妻・ことねと元の鞘に収まろうと必死にもがくたすくは、無い物ねだりの子どものようだ。過去の過ちを全面謝罪し、再縁を懇願する男に対し、ことねは毅然と最後の別れを宣告する。それは男鹿で200年以上続いているナマハゲが変わらない、いや、変えられないのと同様に、たすくが決して変わらないことを暗意する。

たすくの空っぽの心は、男鹿半島を取り巻く寒々とした日本海と類似している。時間や人に流され、まるで大人になることを永遠に放棄した少年のようなたすくと、 当たり前のように波打つ海がシンクロする。

そんなたすくに一人の人間として立ち上がる最後のチャンスを与えてくれるのは、前妻・ことねだった。「人間失格」の烙印を押されたかのようなたすくに残された最後の道は、唯一、自分をさらけ出すことができるナマハゲになること。娘と対面するラストシーンでは、父親としてではなく、ナマハゲとしか娘に接することができないたすくが、胸も張り裂けんばかりの怒声で娘の名前を呼び、「泣く子はいねぇが」と、父親としての役目を全うしようとする。それは、父として娘に最後の別れを告げる悲痛な叫びであり、もう二度と元には戻れないことを悟ったたすくが、伝統(ナマハゲ)だけは自分が継承していくのだ、という力強い決意の念が入り混じったものだったのではないだろうか。

時代が流れるにつれ、生活様式は変わリ、変化を拒むものは淘汰されていく。伝統とは受け継がれるべきものなのか、風化して然るべきものなのか。心境と環境の変化の中で、自分自身を見つけ出そうと苦悩するたすくの姿は、伝統文化の存続の危機という問題を露呈させる。「泣く子はいねぇが」は、一人の男のストーリーというだけではなく、時代の価値観、社会の移り変わりの中、伝統継承が持つ意味を考えさせる作品ではないだろうか。

上映時間:108分
公開日:2020年11月20日(金)
監督・脚本・編集:佐藤快磨
企画:是枝裕和
出演:仲野太賀、吉岡里帆、寛一郎、山中崇、田村健太郎、古川琴音、松浦祐也、師岡広明、高橋周平、板橋駿谷、猪股俊明、余貴美子、柳葉敏郎
配給:バンダイナムコアーツ、スターサンズ
https://nakukohainega.com


HOME