2019年10月18日号 Vol.360

「和」「洋」が織りなす室内楽
心中の雑念払う世界観
「デュオ夢乃」


2017年、ジャパン・ソサエティーで (Photo © Daphne Youree and Japan Society)


箏・三味線奏者の木村伶香能(きむら・れいかの)氏と、チェロ奏者の玉木光(たまき・ひかる)氏による夫婦ユニット「デュオ夢乃」。邦楽とクラシックをルーツに、新しい室内楽を開拓し、活動する。
「夢乃」というデュオ名を考えるため、2人は1年を費やした。「京都の龍安寺・大珠院のご住職だった盛永宗興(もりながそうこう)老師から、玉木が来米した際に『夢里無片雲(ゆめのさと、へんうんなし)』という御軸を頂戴しました。これは、『アメリカという新天地でこれから大変なことや辛いことがあっても、旅立った時の曇りない気持ちをずっと持っていてほしい』という老師からのエールなのでは、と思ったのです」と振り返る木村氏。英語でも発音しやすく、意味のある言葉にしたかったことから、軸の冒頭の言葉「ゆめの」を取り、デュオ名とした。

「デュオ夢乃」としての演奏活動は2008年、インディアナ州フォートウェインで行われた桜祭りから始まった。当時、フォートウェイン・フィルハーモニー交響楽団で首席奏者として活動していた玉木氏と、日本の国際交流基金の助成を得て1ヵ月間のアメリカ公演中だった木村氏。西洋のクラシックと、日本の伝統楽器が出会った初舞台となった。
2010年から4年間、日米で行ったコンサートシリーズ「花鳥風月」では、作曲家のマーティン・リーガン氏へ、作曲を委嘱。1年ごとに、「花鳥風月」の各エレメントを取り上げ、4曲から成る組曲を完成させた。
「『花鳥風月』は、デュオとしてスタートを切った大切な組曲です。2015年にCDをリリースし、チェンバー・ミュージック・アメリカが主催する『ニュー・ミュージック・アット・ブライアントパーク』でもお披露目しました」。2014年、「花鳥風月」全曲リサイタルが「青山音楽賞」(京都)を受賞。年間を通し、特に優れた公演に対して贈られる賞で、「それぞれ個人としての受賞はありましたが、デュオとして、日本とアメリカ、他の国々でも、二人三脚で演奏してきた積み重ねを奨励していただけた事は、純粋に嬉しいことでした」と振り返る。

2015年からの4年間は、アメリカの著名なオペラ作曲家、ダロン・ハーゲン氏に「平家物語」をテーマにした4作品「Heike Quarto」を委嘱、スケールの大きな連作が完成した。他にも、作曲家でピアニストの一柳慧(いちやなぎ・とし)氏、若手の気鋭作曲家など、第一線で活動する音楽家10人ほどに作曲を委嘱。「新しい作品を作曲家と共に創る。この作業では、作曲家と私たち2人の『三つ巴の音楽性』が混じり合い、思いがけないものが生まれます。これからも続けていきたいです」と声を揃えた。

今年3月、結成10周年記念としてカーネギーホールでリサイタルを行ったデュオ夢乃。公私ともにパートナーの2人に、互いの存在について尋ねてみた。
「(玉木氏)ずっとクラシックを演奏してきましたが、木村を通じて日本の伝統楽器を聴く機会が日常的になり、音楽へのアプローチにも自分とは違う部分が多くあることを知りました。それによって、自分の音楽への考え方も、より拓かれたものになったと思います。人間的な印象としては、最初に一緒に弾いた時から変わりません。10年間、共に活動しているので、音楽面では熟知してきた部分もあるけれど、カーネギーリサイタルのような大舞台を準備していた際、さらに新しい面や意外な面を発見し、刺激をもらっています」
「(木村氏)私は、20代半ばから、一人で頻繁に海外演奏に出ていましたが、いざ本格的に来米し『居住する』となると、あらゆる面で戸惑いました。その部分を日常的に救い、クラシックの専門である立場から欧米での音楽の在りようを教えてくれた玉木には、常に感謝の気持ちがあります」
演奏者にとって、ステージに立つまでのプロセスが非常に重要になる。その部分を「常に一緒に行動し思考できる」のが利点である一方、いつでも活動できてしまうため、休みがない点がマイナス面だという。「いまだにハネムーンにも行っておりませんし、楽器を持たない旅行をしたことがないですネ」と2人は笑う。

10月1日、アルバニー・レコードから発売された作曲家ドナルド・ウォマックによる作品集「Intertwined」に、デュオとしての演奏が収録。2020年2月9日には、ニューヨークの天理文化協会でコンサートが予定され、さらに2月中旬からは、アメリカの現代作曲家ルー・ハリソンゆかりの「ハリソンハウス」で、レジデンシー・パフォーマンスが決定している。

「彼女の音楽性と人間性に惚れた」と話す玉木氏と、「彼は人の音を良く聴いている」と話す木村氏。ニューヨークタイムズ紙で高評価された緻密で情感豊かなアンサンブルの根底には、互いの存在を尊重し、理解しあう姿がある。デュオ夢乃が生み出す世界観はどこか懐かしく、清々しさすら感じる。2人が織りなす音色が聴衆の雑念を振り払い、「片雲無し」の青空を見せるだろう。


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