2020年10月16日号 Vol.384

書を捨てよ、町に出よう
コロナ禍で変化したNYC
イーストビレッジ界隈


「SI ONSITE」の屋上展示から、Nancy Lupo, Bench, 2015. Courtesy the artist and Kristina Kite Gallery

「書を捨てよ、町に出よう」。学生の頃に手にした寺山修司の本のタイトルを、ときどき口に出してみる。ニューヨークの街は面白い。何年住んでも新しい発見がある。コロナ渦のいま、街の様子は随分変わった。通りに広がるカフェやレストランは、お世辞にもパリ風とは言えない。ちょっと騒々しい、真夏のナポリの雰囲気だ。

ともあれ歩く。街路に侵入するグラフィティが、以前より増えたようだ。オフィスビルの窓にまで、BLMの洒落た黒文字が踊っている。ルネサンスの天井画のごとき豪壮な人体描写が、路上を埋めたりもしている。

お気に入りのアートルートといえば、イーストビレッジ界隈だ。バワリー街の「ザ・ホール」や東1丁目の「ハウル!」「オスモス・アドレス」など、それぞれにユニークな構えのギャラリーが集まっているが、ここ数年、さらに東寄りにアートスペースが増えている。

出発点は、セント・マークス・プレイス(東8丁目)と二番街の角にある「スイス・インスティチュート」だ。スイス企業の理解ある支援のもと、展覧会や滞在型の作家招聘に尽力する通称「SI」の活動は、ソーホー時代から目覚ましいものがあったが、対象はスイス人作家に限らない。また、建物の階段や天井、屋上にまで作品が広がり、夕暮れ時の屋上は、ちょっとしたオアシスともなっている。

SIから2ブロック南の東6丁目、一番街とアベニューAの間には、ウォーホルの世界有数のコレクターとして知られるピーター・ブラントの私設美術館「ブラント財団」がある。もとコンエジソンの変電所で、80年代半ば以降はランドアートの作家ウォルター・デ・マリアのスタジオだったという巨大ビル。いま現在は閉鎖中だが、ガラス窓の無限の列が美しいファサードを拝むだけでも一見の価値がある。

さらに南の東4丁目とアベニューBの角には、この秋新装オープンした「ハーフ・ギャラリー」。そして東2丁目を下れば、目下大躍進の画廊「カーマ」がある。8月21日号の本欄でも紹介した通り、秋の新シーズンの主役はパリ拠点の画家ヘンニ・アルファンだ。彼女が描く日常風景は、奇妙なイメージに満ちている。

このルートの最後の締めといえば、ハウストン通りを渡った先、アトーニー通りにある「アルテリア・ギャラリー」だ。2016年夏、日本人の田邊多佳子がオープンしたこの画廊は、ローワー・イースト・サイドに集まる若手画廊の中でもミニサイズのスペース。が、わずか4年ほどの間に「ニューヨーク・タイムズ」「アートフォーラム」「ハイパーアレジック」など、主要メディアで論評され、快挙というほかない。この秋は、「具体」第二世代の作家で、70年代にはニューヨークでも活躍したヨシダミノルの登場だ。

ヨシダの代表作であるプラスチックと水を使った幻想的なオブジェ「バイセクシュアル・フラワー」(1969)は、2013年にグッゲンハイム美術館で開催された大規模「具体」展の文字通り「花」だった。また、ニューヨークでのパフォーマンス活動を記録した映像は、アルテリアでかつて紹介されている。


2点とも:Minoru Yoshida, Untitled, c. 1965. © Midori Yoshida; Courtesy Ulterior Gallery, New York

本展の主眼はしかし、絵画だ。思いがけずゆったりと並ぶカンヴァスの数々。60年代後半の作品とは思えないほどフレッシュでカラフル、クールでミニマルなイメージ。立体感や奥行きの試みがある一方で、何よりの特徴は増幅かつ収束する動きやリズムといったもの。ふと連想したのは、オップや幾何学的抽象と関連のある西海岸のミニマルアート「ライト&スペース」の動きだ。

絵画を経て、その後のキネティックな立体作品や、身体とテクノロジーを融合させた宇宙遊泳のごときパフォーマンスへと展開していくーーそうした作家の一時期を垣間見るような貴重な展覧会となっている。いや、何かの前触れであるよりは、絵画自体の完結性が素晴らしい。やはり見てよかった。街を歩いてみれば、本当にたくさんの刺激がある。(藤森愛実)

TENET
■11月1日(日)まで
■会場:Swiss Institute
 38 St Marks PL.
■無料
www.swissinstitute.net

Minoru Yoshida:
Wave of Light
■11月8日(日)まで
■会場:Ulterior Gallery
 172 Attorney St.
■無料
www.ulteriorgallery.com


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