2019年10月4日号 Vol.359

レビュー「アンティゴネ」
「視覚的にも音楽的にもゴージャス」
多様な伝統を融合


Antigone, at the Armory. All photos by Stephanie Berger




かつて、米軍の軍事施設として利用されていた歴史的建造物「パークアベニュー・アーモリー」内に、およそ18000ガロンの水を満たした浅い「池」が出現。背後には巨大な会館の壁面が広がる。照明を落した暗い空間、蝋燭を内包した小さなグラス・ハープを手にしたパフォーマーたちが、「ヒューン」という独特な音を響かせ、くるぶしが隠れる程の水深の池を、滑るように歩く。

演出家・宮城聰(みやぎ・さとし)氏と、公立劇団「SPACー静岡県舞台芸術センター」による「アンティゴネ」の物語は、そんな神秘的な空間で展開する。「生者と死者が住む土地と土地の間は『水』で隔てられている、という考え方は、日本と古代ギリシャに共通するものです」と宮城。「水」によって分断される生と死の「境界線」が、「アンティゴネ」の始まりだ。

闇にちらつく明かり、水音、グラス・ハープの摩擦音、白い衣装をまとい、まるで幽霊のように歩きまわるパフォーマーたちが生み出す瞑想的な雰囲気が、突如、楽器を手にした一団によって破られる。「Good evening, ladies and gentlemen!」と、大きな声で登場した彼らは、トランス状態にあった観客を一瞬にして現実へ引き戻す。彼らは「アンティゴネ」のあらすじを、英語と「寸劇」でコミカルに紹介、笑いを誘う。

観客を笑顔にした一団が引き上げると、舞台は再び静寂に包まれる。グラス・ハープの「炎」を手にした大勢のパフォーマーが池を練り歩くところへ、筏(いかだ)に乗った僧侶が登場。ひとりのパフォーマーが、手にした「炎」を僧侶へ手渡すと、僧侶はその者へ「白い髪」を与える。また別のパフォーマーが、手にした「炎」を僧侶へ手渡し、僧侶はその者へも「白い髪」を与える。そうして「白い髪」を与えられた者たちが、「アンティゴネ」の登場人物として「生命」を吹き込まれ、「人間」となっていく。

パフォーマーたちは、「演じる者(白い髪を与えられた人間)」と、セリフだけの「話す者」に分かれ、派手な動きはなく、まるで神社における儀式のように粛々と物語は進行する。権力に狂った暴力的な王・クレオンの残酷な命令。それに逆らい、自らの良心や道徳、自然(神)の教えに従うために命を落とす女性・アンティゴネ。そして、アンティゴネを助けることが出来なかった王の息子でアンティゴネの婚約者・ハイモンの自殺。最後は、息子を失ったクレオンが、自らの運命を嘆く。動きを最小限に押さえた演技と、日本語のセリフの強弱、背後の壁に投影される巨大なパフォーマーの影などで、登場人物の力関係や状況が効果的に綴られていく様子は圧倒的であり、「お見事!」というほかない。

物語が終了すると、パフォーマーたちは列になり、浅い池を再びゆっくりと滑るように行進する。筏に乗った僧侶がまた現れ、「生命」を与えられた「人間」たちは、自らの「白い髪」を僧侶へ返していく。「白い髪」を受け取った僧侶が、筏に乗せていた灯籠を次々と池へ浮かべる様子は、死者の魂を弔う「灯籠流し」を想起させる。

ギリシャ悲劇をベースに、幽玄の世界を表現する日本の「能」、インドネシアの「影絵」、仏教の哲学など、多様な伝統を融合した「アンティゴネ」。催眠術にかけられたような瞑想的な異世界であると同時に、日本人にとっては、どこか馴染みのある「死者の世界」を覗いたようだった。

ただ、ブロードウェイやオペラなど、派手なショーを見慣れているアメリカ人に、静的な日本人の「死生観」が受け入れられるのだろうか・・・と心配になった。しかし、終ってみれば万雷の拍手! 満席の会場から「ブラボー!」の声が飛び交い、惜しみない賛辞が贈られていた。

それを裏付けるように、ニューヨーク・タイムズ紙は「目を見張るようなデザインで、アーモリーで行われるショーとしても期待できるものであり、失望しない!」、ニューヨーク・マガジンは「視覚的にも音楽的にもゴージャス」と高評価。エンターテイメントに目が越えたニューヨーカーに、日本が生んだ芸術がまたひとつ、認められたようだ。

Antigone
■9月25日(水)〜10月6日(日)
■会場:Park Avenue Armory
 Wade Thompson Drill Hall
 643 Park Avenue
■$35〜
armoryonpark.org



HOME