2019年9月20日号 Vol.358

コンセプチュアルな手法で繫ぐ
制作行為と社会問題
「石を打つ:アートと抵抗」


展示風景から:Kimsooja, Lotus: Zone of Zero, 2017(天井); Nadia Kaabi-Linke, The Altarpiece, 2015(左奥): Nari Ward, We Shall Overcome, 2015(中央); Lida Abdul, Clapping with Stones, 2005(右奥) Photo by Filip Wolak. Courtesy of the Rubin Museum of Art


Shahpour Pouyan, My Place is the Placeless, 2016-2019. Photo by Manami Fujimori


Japan Red Cross Society, K. Sakai (ca. 1925). All images courtesy of Poster House


ヒマラヤ山岳地域の仏教美術のコレクションで知られるルービン美術館。ネパールやブータンといった小国や、チベット、シッキム、カシミール地方の伝統文化や宗教にフォーカスした展示はユニークで、旧バーニーズ本店の建物の一角を占めるスペースもまた素晴らしい。常設展示には、チベット密教のエキゾチックな祭壇を祀る部屋もある。そんな異界に登場した現代アートの数々。「石を打つ:アートと抵抗」と題された本展は、予想外に見応えある展開となっている。
参加作家10人のうち、日本でもよく知られている韓国出身のキム・スージャや、90年代前半から活躍する黒人作家のネリ・ワード、昨今のブラックパワーを代表するハンク・ウィリス・トーマスは別として、残り7人はニューヨークではほとんど知られていない作家といっていい。出身もイランやアフガニスタン、ケニアやチュニジアなど文化背景の異なる面々であり、展示には多くの場合、ただ1点の作品が並んでいるのみだ。
ところが、その1点を見るだけで作家の力量が知れるというもの。素材も表現も出来栄えも興味深い。美しい。何かストーリーがありそうだ。伝統技術や特定の地域のモチーフを使いながら、現代アートの公用語ともういうべきコンセプチュアルな手法で制作行為と社会問題を結びつけている。そして野心的。ダイナミック。
実は、こうした形容詞がよくも悪くも欠けているのが、最近の若手日本人作家の作品ではないだろうか。世界各地に出現する新興の国際展であれ、ホイットニー・ビエンナーレのような選抜展(米国在住であれば出展可能)であれ、日本人作家が登場することも目立って少なくなっている。話題の主はいまだ草間、河原、村上といったところだ。
ともあれ、バーニーズ時代の優雅な螺旋階段を上った最上階、スカイライトの丸窓を覆って鮮やかに広がるのは、キムの全272点のハスの花。ぼんぼりのごときその蕾は、放射状にかっちりと大胆な姿を現し、「民族の調和と共存」を謳いあげている。いや、そうした教科書的メッセージの解説などなくとも、存在自体が力強い。
キムのショッキングピンクとは対照的に、真っ白なレース模様が浮かび上がるトーマスの大作は、実は、報道写真をもとにしたUVプリントだ。1965年、キング牧師が先導したアラバマ州セルマの大行進(公民権運動のデモ)を捉えた写真。ここではモノクロ反転の抽象的なイメージとして現れるのみで、観客は位置を変えて眺めたり、新たに写真に撮ったりすることで、歴史に埋もれた群像を見定めることになる。
イラン出身のシャプール・プーランによるガラスケースの中の展示も秀逸だ。寺院の屋根か尖塔か、ドーム型の建築模型の一部は転がって、内部から遺灰のようなものがこぼれ出ている。興味深いのは、制作の背景である。ある時、DNA鑑定を受けたプーランは、自分の血縁に中央アジアやスカンジナビアが含まれていることを知る。最近の検査では、イランとの絆は失われていた。その昔、ペルシャやモンゴルが台頭した地域の末裔のIDとはかように曖昧なのか。ケースに並ぶ15の模型は、作家と繋がりのある地域に特徴的な建物を表しているという。
ほかにも、インド出身のパラヴィ・ポールが手がけた薄衣のごとき華麗な巻物や、チュニジア出身のナディア・カアビ=リンケによる墨とワックス、アクリル絵の具を使った三連の「祭壇画」など、技量の確かさもさることながら、モチーフに隠された物語によって歴史の暗闇や現代社会の問題を示唆する作品が目立つ。ちなみに本展のタイトルは、アフガニスタン出身のリダ・アブドゥルの映像作品から取られたもの。わずか5分の映像の中に、2001年、タリバンによって破壊されたバーミヤンの仏像を巡る住民の喪の姿が捉えられている。あたかも拍子木を打つように、両の手で石を打ち鳴らす姿である。
本展は、アジア、アフリカの大枠の中でともすれば見過ごしがちな南アジアやイスラム圏のアートと対面できる貴重な機会であり、売れ筋の絵画や写真が中心の画廊シーンとは異なる、国際的なアートの主流を知る上でも新鮮な企画となっている。(藤森愛実)

Clapping with Stones: Art and Acts of Resistance
■2020年1月6日(月)まで
■会場:The Rubin Museum of Art
 150 W. 17th St.
■大人$19、学生/シニア$14、メンバー/12歳以下無料
www.rubinmuseum.org



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