2018年8月24日号 Vol.332

2つの側面持つ強み
ストレートな生き方
キュレーター/アーティスト 森川紗衣

森川紗衣

森川紗衣


ローワーイーストサイドのアショク・ジェイン(Ashok Jain)画廊で、7月25日から8月19日まで、前後期の2回にわけて行われた日本在住の新進気鋭のアーティスト43人による「第5回日本人アーティスト展」が終了した。キュレーションを担当したのは森川紗衣(もりかわさい)さん、キュレーターとアーティストという2つの顔を、長年にわたり貫いている。
このグループ展の企画にあたって森川さんは独自のアイデアを加えた。ひとつはニューヨークのアート関係者による審査でグランプリを一人選出し副賞としてニューヨークでの個展開催の機会を与えること。もうひとつはギャラリーを訪れる客一人ひとりに良かったと思う作品上位3点を選んでもらい、簡単なコメントをもらうことだ。
「ただ、見てもらうだけではなく、コメントをもらうことは作家にとって大きな励みになるはず」、と森川さんは言う。自身アーティストでもあるから「励み」には人一倍敏感なのだ。
世界的なアートの街、ニューヨークで「ジャパンアートを紹介する」という目的で2014年から始めたこの企画は今回で5回目、見せる人と見る人との交流を形にするというダイナミックな骨組みが着実に実を結びつつある。
「間もなくアメリカに来て20周年なんです」という節目の年。今回の「日本人アーティスト展」は元々、ギャラリーのオーナー、ジェインさんから突然依頼された企画という。「この画廊は、以前はウエスト57丁目にありました。アートムーブメントがチェルシーからブルックリンへ移る潮流の中で、やはり『マンハッタンにあることの意味』を見出す流れの一部が、2007年、バワリー地区で再スタートを切ったニューミュージアムに呼応するように、その周辺に集まりだした」と森川さんは話す。北側でイーストビレッジ、西側でチャイナタウン、ノリータと接するこのローワーイーストサイドは最先端とも言われる地区となり今では新たな画廊の出現が絶えない。
そんなアートの最前線に移転した直後に最初の大掛かりな企画を任された。「アメリカ人のいい所は任せた以上は好きなようにさせてくれることですね。細かい点ではいろいろ意見の衝突もあったけど(笑)、そこが日本と違うと思う」と森川さん。
アメリカに来るまえに約1年、イギリス南西部に滞在。その後、ニューヨークの「ナショナルアカデミー」に入学。スカラシップをもらうと、「アメリカは外国人にもくれるのかと懐の深さを知り『いい国だな』と思った」という。一途な性格ゆえに自己主張は堂々とする。日本人特有の吞み込んで我慢するというタイプではない。そのかわり引きずらない。アメリカ向きと言えそうだ。学校の授業はクラシックでオーソドックスが主流だった。悪くはないのだが、ほかのこともしたくなる。ある時学校のトップに、なぜ抽象を教えるクラスがないのか直談判に及ぶ。案の定、揉めた。が、学校側は望みのクラスをわざわざ用意。ところが森川さん、担当教員が苦手で、ワンクール受けただけで履修を断念。すると学校から電話がきて、あなたのために用意したのになぜ取らないかと詰問を受ける。結局、その時間帯には出られない、という言い訳で切り抜けたことも。結局、8年間在籍した。学校に併設されている美術館等の学内施設で働くと、クレジットがもらえる。労働の対価は授業料で還元される制度なので、『3回卒業できる』といわれるほどクレジットをためた。その分受けたいクラスには好きなだけ出られたのである。
キュレーターとしての仕事と、アーティストとしての仕事の両立というのはどう折り合いがつくのだろうか。「キュレーションの仕事が入っているときは、作家としての自分に戻るのは至難です。ものを作るというほうのエンジンがかかるにはすごく時間がいります。切り替えが難しい」と嘆息する森川さん。
が、今年は、夏季だけ(今年は5月1日にオープン)一般に開放されるガバナーズアイランドでのアート展示会にアーティストとして参加した。冬季には誰も居住者のいないガバナーズアイランド、建物は夏の間だけギャラリーとして非営利団体に提供される。森川さんにキュレーションを依頼してきたのは、長い付き合いのあるハーレムを拠点とするアート非営利団体だ。
17世紀、同島には先住民族と少数民族の協調的出会いが歴史として刻まれている。今年のテーマが「Early Encounters」だけに、ファンドでは、日本のガラス・陶芸作家の作品を展示したいとの意向を持ち、話が持ち込まれたのだが、フェリーでしか渡れないなどいろいろ制約の多い条件をクリアできないとの判断に達し、今度は森川さんにアーティストとしてテーマに沿った作品の展示ができないか、打診してきたのだ。結局、このときは、まだ今回の「日本のアーティスト展」が始まる前で、スイッチの入った森川さんは、和風の色調をベースに協調の祈りを込めようと「灯篭流し」にインスパイアされた作品=写真=を展示、アート系のネットマガジン上で高い評価を得た。
秋の企画として、11月のアート&クラフトショーと自身の個展(アショク・ジェイン画廊)、さらに東京でのグループ展が控えている。どんなことにもストレートに対峙する生き方は、よくも悪くも周囲にエネルギーを振り撒く。しかしダイナミズムはそこからしか生まれない。(塩田眞実)

森川紗衣 HP
www.saimorikawa.com
(アート)
www.nyartwave.com
(キュレーション)



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