2018年8月24日号 Vol.332

アートであることの条件
パット・ハーン・ギャラリーと
アメリカン・ファイン・アーツ(1983-2004)

アートであることの条件
展示風景から、メアリー・ハイルマン「乗客」(1983)と森万里子「Play with Me」(1994) Photo by Chris Kendall)

アートであることの条件
展示風景から、映画監督ジョン・ウォーターズの「キャンペーン・バッジ」(2004) Photo by Chris Kendall

アートであることの条件
Christian Philip Müller, Ma Bibliotèque, 1992. Photo by Manami Fujimori


ニューヨーク近郊、ハドソン峡谷沿いにあるバード・カレッジ付属のヘッセル美術館では、90年代ソーホーの画廊シーンを牽引した二人のギャラリスト、「パット・ハーン・ギャラリー」のパット・ハーン(1955〜2000)と「アメリカン・ファイン・アーツ(AFA)」のコリン・デ・ランド(1955〜2003)にフォーカスした展覧会が開かれている。
名物コレクターやキュレーターの仕事を振り返ることはあっても、商業画廊の経営者を讃える展覧会とは珍しい。が、80年代前半、イーストビレッジのアートシーンから出発した二人は、88年にソーホーに進出。当時まだ寂れたままだったキャナル寄りのウースター通りにそれぞれスペースを構え、いわゆるカッティングエッジ(過激、最先端の意)の画廊として人気を集めた。
2000年代初頭、相次いで癌で亡くなったが、20年に満たないその画廊人生において、批評家や美術館キュレーターから常に一目置かれ、作家からは慕われる存在だった。本展には、そんな二人が手がけた40人を超える作家の代表作や話題作が集まり、当時のアートシーンを知る者には感慨深い展開となっている。
思えば、ケイディ・ノーランドのビール缶をぶちまけたインスタレーションや、ジェシカ・ストックホルダーのカラフルなジャンク彫刻に新しい波を感じたのは、コリンの画廊「AFA」でのことだった。「インプレッシブ!」と注目を浴びた森万里子のデビュー展があったのもここだ。
AFAのスペースは、人がいるのかいないのか、いつも開放的で、奥のオフィスに入るのも自由。無名時代のデミアン・ハーストがコリンと何やら商談中といった場面に遭遇することもあった。コリンは、ニューヨーク大学で哲学と言語学を学び、ニヒルなダンディで、「作品は売れているの?」と心配になるほど商売っ気がないお人だったが、コレクター相手に現代美術の何たるかをレクチャーすることもあったという。
一方、パットは美しく、ウォーホルが残したヌード写真のモデルとしても知られている。ボストン美術館のアートスクールに学び、ボヘミアン的バンド活動の後、アートビジネスに乗り出す。ピーター・シュイフやフィリップ・ターフら若手の抽象画家をいち早く取り上げ、ボストン時代の仲間だったマーク・モーリスローら、後に「ボストン派」として知られることになるゲイの写真家たちの紹介にも積極的だった。
本展には、ジョーン・ジョナスの70年代の素晴らしいパフォーマンス・ビデオやメアリー・ハイルマンの抽象画の大作も登場する。近年とくに再評価の目立つこれらベテラン女性作家にも、パットは早くから独自の目線で注目していたわけだ。また、ルネ・グリーンやティシャン・スーら黒人やアジア系作家の展覧会を開催し、当時のマルチカルチュラリズムやPCアートの展開に先鞭をつけたとも言えるだろう。
アート界の商業主義とは一線を画し、売れ筋の作品より実験的で骨のあるアートを押し出した二人。総じてコンセプチュアルで、アート界を含めた制度批判のアートの作家が目立つが、頭でっかちではなく、ビジュアルの点でもアーティストの人柄の点でも超クール。何よりも、いまや失われたニューヨーク・アートの動き、その最後のシーンを象徴していたのが二人の存在だろう。
いま現在のアート界といえば、メガ画廊による多国籍企業型のビジネスが目立ち、一握りの国際スターを分け合っているような状況だ。新人作家にしても、展覧会の成功のたびにより大きな画廊へと移っていく。作家同士の仲間意識は薄れ、アイデアの醸成の場としての画廊の役割も変化している。
本展は、こうした画廊システムの変遷を考える意味でも興味深い。パットとコリンが残したアーティストやコレクターとの夥しい数の通信文や展覧会記録など、時代を映す貴重な資料は、本大学の「学芸研究センター(CCS)」に収蔵されている。キュレーター養成のためのこの修士課程のコースには、二人の名を冠したセミナーもあるという。若い世代の関心のもと、ギャラリストの仕事にもいま美術史的な注目が集まっている。(藤森愛実)

The Conditions of Being Art:
Pat Hearn Gallery &
American Fine Arts, Co. (1983-2004)
■12月14日(金)まで
■会場:CCS Bard Hessel Museum
 Annandale-on-Hudson, NY
■入場無料
www.bard.edu/ccs



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