2020年8月21日号 Vol.380

作家59人、120点以上が展示
世界に共通する美と儚さ
「花々(だけ)」展

朝、目が覚めて、前日に見た絵のイメージがさまざま浮かんでくる、といったような経験は、これまでしたことがなかった。しかし、ここ数ヵ月、アートの現物を見る機会がほとんどなかったことで、眼が、体が、フィジカルに反応しているのだろうか。あるいは、絵画自体があまりに強烈だったからだろうか。

私が見たものとは、イーストビレッジの画廊「カーマ」で開催中の展覧会「花々(だけ)」である。文字通り、花の絵。何とも凡庸な主題。いまどき、花瓶をモチーフに絵を描く作家などいるのだろうか、と思う人さえいるかも知れない。


From left: Woody De Othello, Space for Growth, 2020 / Lois Dodd, Echinacea with Butterflies, 1998 / Sanya Kantarovsky, As ye sow, so shall ye reap, 2020 / Joe Brainard, Untitled (Pepsi-Cola Black-eyed Susans), 1969 / Courtesy of the artists and Karma, New York

ただ、この画廊は見逃せない。ブレンダン・デューガンというグラフィックデザイナーが、もともとはアーティスト本を扱う書店を兼ねた展示スペースとして始めたもので、作家と直の共同作業は展覧会にも生かされ、自発的かつ斬新なプロジェクトを展開してきた。いま現在は、東2丁目にふたつの画廊スペースを持ち、同じ界隈の東3丁目には広々としたブックストアを構えるなど、かなりの躍進ぶりだ。

ともあれ、会場に足を踏み入れると、画面いっぱいに広がる大輪の花、一輪挿しの花、テキスタイル・デザインのようにパターン化された花、人物とともにある花など、まさに百花繚乱。それぞれにユニークだ。と同時に、何かしら統一感もある。ボナールやヴュイヤールが描いた親密な絵画世界、マチスに代表される装飾的な室内画の世界、あるいは伝統的な静物画の「メメントモリ(死を思え)」のモチーフなど。

然るに、いったい誰が描いた絵だろう。それぞれのスタイルから、アレックス・カッツやリサ・ユスカーヴェジ、マーク・グロチャンら、自ずと想像がつく画家の作品もある。が、興味深いのは、誰とも分からない絵だ。助けとなる展示リストは、いまやコロナ感染予防のため、プリント配布ではなく、QRコードの読み取り方式。スマホ画面には、総勢59人の作家による120点を超える作品画像がずらり登場する。

小品ながら赤紫のトーンが目を惹く油彩画は、ソミヤ・ネトラビルの作品だ。花というより種子を描いたものだろうか。出身はインドだという。ハードカバーの本の表紙に厚塗りで描かれたアンドリュー・クランストンの一連の絵画も忘れられない。また、くっきりとしたグラフィックに透明と半透明の塗りが効果的な「折れた花」は、ヘンニ・アフタンの作。パリで制作するフィンランド出身の画家で、この秋、カーマで新作展が予定されている。


Henni Alftan, Broken Flowers, 2020. Courtesy of the artist and Karma, New York


Hilary Pecis, Maysha’s Flowers, 2020. Courtesy of the artist and Karma, New York

華やかさでいっとう目を奪われるのは、ヒラリー・ペチスの大作「メイシャの花束」だ。そして、ペチスのもう1点、「春の盛り」と題された絵画の隣に並ぶ2点のバラの絵が、何と児島善三郎の作品だったとは。14日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙のアート欄でも紹介され、偉大なモダニストにして日本のアンリ・ルソーと評された児島のバラは、なるほど若手アートの展示の中でも存在感を発揮している。
一方、ニコール・アイゼンマンやジャネット・ムンツのように、「えっ、花の絵も描くの?」と予想外の作家たちが登場するのも面白い。通常は人物画や物語絵で知られる作家たちだ。さらに、こうした現在活躍する若手作家の出展作の多くが、2020年作、つまり今年に入ってから制作、もしくは完成されたものだという点も興味深い。不安と不穏の時代にあって、誰にとっても身近で、世界共通の美と儚さのシンボルである「花」の存在を再確認したということだろうか。凡庸どころか、花のモチーフは深い。本展がそれを鮮やかに証明している。(藤森愛実)

(Nothing but) Flowers
■9月13日(日)まで
■会場:Karma(2ヵ所)
 188 E. 2nd St.
 172 E. 2nd St.
www.karmakarma.org


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