2022年8月19日号 Vol.428

NYAFF対顔(後編)

20周年を迎えた「ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」が7月末で閉幕した。日本から長編9本、短編3本が上映され、多数の監督、出演者、関係者が来米し、レッドカーペットを飾った。本紙では前号に続き、独断で選んだ「制作秘話」を紹介。

「親密な他人」Intimate Stranger
中村真夕 監督
「日本女性への偏見へ物申す」

飯塚花笑 監督

海外生活が長くなると、それまでに培われたものが次第に薄れ始め、いずれ、もう一人の自分が形成されていく。そして元の環境に身を戻した時、逆カルチャーショックを受け、新たな自己探訪の旅に出る。日本に生まれ育ち、16歳という青年期から、イギリス、アメリカと14年間、母国を離れて暮らした中村真夕は、東洋と西洋の狭間で二人の自分を対話させながら、果敢に映画作りに取り組んできた。



「加州の大学に合格しましたが、エンタメよりアート系が好きで、車の運転も苦手な私にロスは向かないと思い、ニューヨークを選びました」と話す中村監督は、コロンビア大学、ニューヨーク大学を卒業した立派なニューヨーカーだ。

一旦は長い海外生活に終止符を打ち、日本に戻り、劇映画「ハリヨの夏」(2006年)を初監督するものの、その後は福島第一原発事故後、動物たちと一人で暮らす男性を追うシリーズ作品「ナオト、いまもひとりっきり」や謎の政治活動家に迫る「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」など、ドキュメンタリー映画を中心に映画制作に取り組んできた。観察することで人間の中に潜む「陰」を見出し、それをドキュメントする手法は「親密な他人」にも反映されている。

INTIMATE STRANGER - © Siglo/Omphalos Pictures

制作にあたり中村にはいくつかのテーマがあった。一つは35歳も過ぎれば良妻賢母の役割しかないような日本の女性に対するイメージを払拭させる作品にすること。

「フランスだとイザベル・ユペールのような70歳近くても、可愛い、セクシーな役を自然に演じる役者がいるのに、日本には少なく、妻や母は女ではなくなるのか?と疑問を持っていました。本作で主役を演じて頂いた黒沢あすかさんは、実生活でも3人の息子を持ち、母親役も妖艶な美女も演じられる、いろんな顔を持つ役者。日本女性への偏見に物申す、という気持ちでした」

艶かしくも潔癖な女と母を演じた黒沢は、物語の魅力を最大限に引き出している。

INTIMATE STRANGER - © Siglo/Omphalos Pictures

「もう一つの狙いは、セックスシーンを描かずに、どれだけエロチックに見せるかと言うこと。男性監督は、暴力やセックスを端的に演出しますが、女性から見ると全然エロチックじゃないし、つまらない。だから、それだけではない女性が感じるエロスを表現しました」

コロナ禍で撮影された本作は、実は後半がロードムービーになるシナリオだった。しかし、パンデミックになり、密室劇に設定を変更。舞台は、増改築を繰り返した古いマンション。洗濯機が流し台の隣に設置され、違和感たっぷりの空間だ。

「部屋の中で普通に撮るとつまらなくなるので、限られたシチュエーションの中で、いかに面白く見せるかを考えました。例えば、絵画、カミソリ、洗濯機など、家に当たり前にあるオブジェクトをじっくり見せることで、観客の頭の中に強烈なイメージを与えます。中には『カミソリが夢の中にまで出てきた』というお客さんもいらっしゃいました」

熟考された演出は、観客の心理状態を見透かしたかのようにグイグイと映像で引っ張っていく。

INTIMATE STRANGER - © Siglo/Omphalos Pictures

「舞台となった部屋は彼女の身体で、洗濯機がまわるガタガタという音は、彼女の頭の中の雑音です。中でも重要なのは押入れで、ここは彼女の子宮でした」
押入れに入るという行為は、子宮回帰だ。狭い押入れの中にも無限に続く空間を感じさせる。

次回作の企画は、ノンバイナリージェンダーがテーマ。アメリカ在留中、抽選で米国永住権を当てた中村監督は「これは運命だ!」と直感、アメリカで制作を実現させたいと言う。

「今後は海外でも映画を制作していけたら」とアメリカでの活動に意欲を見せた。(敬称略)
文・河野洋


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