2022年8月19日号 Vol.428

NYAFF対顔(後編)

20周年を迎えた「ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」が7月末で閉幕した。日本から長編9本、短編3本が上映され、多数の監督、出演者、関係者が来米し、レッドカーペットを飾った。本紙では前号に続き、独断で選んだ「制作秘話」を紹介。

「世界は僕らに気づかない」Angry Son
飯塚花笑 監督
「『違い』を繋ぐ存在でありたい」

飯塚花笑 監督

トランスジェンダーである自らの経験を元にしたデビュー作「僕らの未来」が高い評価を受けた飯塚花笑監督。最新作「世界は僕らに気づかない」は、フィリピン人の母を持つゲイの高校生・純悟を軸とした人間ドラマだ。

「子どもの頃、人とコミュニケーションを取るのが苦手で、『言葉』を使うことにジレンマがありました。ですが、小学2年生の時、宮崎駿監督の『もののけ姫』を観て、『物語を通して何かを訴えることは可能なんだ』と気が付きました。気持ちを届け、共感を得る。コミュニケーション・ツールとしての『映画』に興味を持ったのです。自身のジレンマが少し昇華された瞬間でもありました」



この時、「映画監督になろう」と決意した。群馬県で生まれ育った監督は高校卒業後、映画監督を目指し山形の美大映像学科に進学。そこで講師として赴任していた根岸吉太郎監督と出会った。

「その頃、私は性別の問題で悩んでいました。心の中に様々な瓦礫が重なり、散らかっている。そんな私に根岸監督は、『何が出てくるかわからないけど、とにかくその瓦礫をひとつずつ、どかしていこう』と」

ANGRY SON - © LesPros entertainment

その言葉に押されて「僕らの未来」を制作。バンクーバー国際映画祭に参加したことが、監督の世界観を変えた。

「世界各地から集まった多くの監督や映画関係者と出会いました。あるメディアに取材された時、『あなたは日本の代表としてココに立っているのですよ』と言われたのです。プレッシャーのかかる言葉でしたが同時に、責任感を再認識しました。海外の人々は、私の作品を通して日本の国や現状を理解するわけですから、監督として、責任を持たなければならないと」

以降、「私は日本から来た映画監督だ」という誇り、自覚が強まったと振り返る。

ANGRY SON - © LesPros entertainment

「世界は僕らに気づかない」は、群馬県太田市が舞台。

「太田市にはスバルの工場があり、出稼ぎの外国人、特にブラジル人が多く住んでいます。独特の風土や状況が、今回の映画に繋がりました」

脚本を書いたのは6、7年前。当初はゲイの主人公とその母の対立、葛藤を描く予定だったが、昨今のセクシャルマイノリティーへの理解・認識が深まったこともあり、新たにテーマを追加した。
「出稼ぎ外国人が多い工業地帯には、飲み屋やバーなどの風俗街ができ、フィリピンパブもオープン。異なる国や文化をルーツに持つ子どもたちも生まれています。私にもミックス・ルーツの友達がいて、彼らの現状なども映画に盛り込んでいます」

多文化社会の形成やLGBTQへの理解、様々な差別は、日本に限らず世界各地が抱える問題だ。

「今回、ミックス・ルーツの子どもたちも取材したのですが、彼らの多くが自らのアイデンティティーに誇りを持てないようです。大人は割り切っていますが、子どもは『なぜうちのお母さんは違う文化を持っているの?』と不思議に思い、それがそのままコンプレックスになってしまう。異文化を理解することは難しいかもしれませんが、考え方そのものを認めることは可能です。違いがあるからと『戦う』のではなく『認める』。事なかれ主義をやめ、ひとりひとりが自分の中にある『差別』を認識し、改善していく。まさに私の映画は、そのためのツールであると考えています。映画を見て現状を知り、少しでも理解を深めてもらいたい」

重要なのはぶつかり合うのではなく、歩み寄り、妥協点を見つける、共存する道を探ることが、重要だと説く。

ANGRY SON - © LesPros entertainment

「『もののけ姫』のアシタカは、人と森が争わない道を探り奔走します、私が目指しているのは正にその部分です。亀裂が起きた背景も理解した上で、中立の立場で皆を繋ぐ存在でありたい。映画を通してそれらの問題を明らかにすることが、作家としての自分が取るべき道だと思います。見た目や肩書きに囚われず、相手を感じるままに受け入れる、そんな世の中になってほしい。そんな世界を目指し、私は映画を作り続けます」(敬称略)


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