2018年8月10日号 Vol.331

マジョリティのジレンマ描く
A・ハマー、ブロードウェイデビュー
「ストレート・ホワイト・メン」

ストレート・ホワイト・メンクリスマスはお揃いのパジャマでチャイニーズを食べるのがノートン家の伝統 (l to r) Stephen Payne, Josh Charles, Armie Hammer & Paul Schneider. All Photos by Joan Marcus

ストレート・ホワイト・メン
ドリューを見守るトランスジェンダーの2人 (l to r) Kate Bornstein, Armie Hammer & Ty Defoe

ストレート・ホワイト・メン
ドリュー(左)は長兄マット(右)にセラピーを勧めるが… (l to r) Armie Hammer, Stephen Payne & Paul Schneider


アメリカ社会の「差別」を、逆の視点から捉えた演劇作品が限定公演を行っている。タイトルを直訳すると「ストレートの白人男性」。つまり人種、性別、性的指向という属性におけるマジョリティで、社会階層のトップに位置するデモグラフィックである。本作は、社会的強者であるはずの彼らのジレンマを描いた野心作。映画「君の名前で僕を呼んで」で、男子高校生と恋に落ちる美青年役を演じたアーミー・ハマーがブロードウェイデビューを果たした。

父親と息子3人、生まれ育った実家でクリスマスを過ごすノートン家。三男ドリュー(アーミー・ハマー)は新進の小説家で大学教授、次男のジェイクはバツイチだがバリバリの銀行マン。ところが、昔から優秀でハーバードまで出た長男マットは独身で父親と二人暮らし、仕事もパートの雑用係とパッとしない。家族水入らずのクリスマスを楽しみながらも、マットの生き方を巡ってとうとう口論に。
亡くなった母親は、生まれながら特権的立場にある息子たちがマイノリティに対して公正な意識を持つよう徹底的に教え込んだ。白人男性で高学歴ならエリートで当然、それ以外は負け犬なのか。社会的弱者のための自己犠牲は尊くはないのか。年老いた父親の世話よりキャリアが優先なのか…。劇中の人物が投げかける疑問は、観客一人一人の問いへと波紋のように広がって行く。

実はこの作品、タイトルを聞いた第一印象では、「ストレートの白人男性がいかに傲慢でマイノリティを差別しているのかを皮肉たっぷりに描いているのだろう」と想像していた。ところが実際は、差別は誤りであると教えられた白人男性が、その意識の高さゆえ、「普通に」生きることさえ遠慮してしまう、という予想外のストーリーだった。例えフィクションだとしても、「白人男性でもこんな悩みを持つのか!」という点で新鮮で、同時に「アメリカの差別とは、なんと奥が深く、込み入っているものか」と呆然とした。
俳優陣は、難しいテーマを説得力ある演技で支えている。実生活では長男だというハマー氏も、どこか甘えの残る末っ子を好演。コミカルなシーンも多く、ミュージカル「オクラホマ!」の曲をクークラックスクランのパロディーとして三兄弟が歌い踊るシーンは大喝采を浴びた。
また、トランスジェンダーのパフォーマー2人が進行役として登場するのもユニーク。開演前、客席には露骨な歌詞のラップが大音量で流れているのだが、プロローグで2人は「音楽を不快に感じた人がいたら謝ります。あれは『ストレートの白人男性』ではない人々が常に感じている不快感を表現したものです」と、のっけから容赦ない。劇作家の指定で、演出家(アナ・D・シャピロ)を始めクリエイティブ・チームもほぼ全員「ストレートの白人男性」ではない点も、ブロードウェイでは珍しい。
ところで、劇作家のヤン・ジーン・リーは意外にも韓国系アメリカ人女性。アジア系女性の劇作家として初のブロードウェイ公演という快挙を成し遂げた。ちなみに、アジア系男性劇作家初のブロードウェイ公演は中国系アメリカ人のデイヴィッド・ヘンリー・ホアンによる1988年の「エム・バタフライ」。2人目のアジア系作家の登場に実に30年を要した。
「ストレート・ホワイト・メン」は、社会正義、アイデンティティ、資本主義社会における価値観などを問う現代アメリカらしい力作である。初演は2014年と現政権の誕生より前だが、移民の親子引き離し政策、中絶助成廃止、トランスジェンダー保護政策の撤回など、マイノリティを狙い撃ちした政策を断行しているアメリカのトップに立つ人物が「ストレートの白人男性」なのは偶然ではない。(高橋友紀子)

Straight White Men
■9月9日まで
■会場:Helen Hayes Theater
 240 W. 44th St.
■$32〜
■上演時間:1時間30分(休憩なし)
www.2st.com


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