2018年8月10日号 Vol.331

ユーゴスラビアの建築にみる
未来への宣言
「コンクリート製ユートピアに向かって」

ユーゴスラビアの建築
Andrija Mutnjaković, National and University Library of Kosovo, 1971-82. Prishtina, Kosovo
All images: Photo by Valentin Jeck, commissioned by The Museum of Modern Art, 2016

ユーゴスラビアの建築
Berislav Šerbetić and Vojin Bakić, Monument to the Uprising of the People of Kordun and Banija, 1979-81. Petrova Gora, Croatia

ユーゴスラビアの建築
Installation view of Toward a Concrete Utopia: Architecture in Yugoslavia, 1948-1980 © 2018 The Museum of Modern Art. Photo by Martin Seck


MoMAで開催中の建築展。そのタイトルを直訳すれば、「コンクリート製ユートピアに向かって:ユーゴスラビアの建築(1948〜1980)」となるだろうか。コンクリートには、建築資材の意味ばかりか、「具体的な」「有形な」といった意味があるから、ここでは幻想のユートピアならぬ国の実質的な発展の意味をひっかけてもいるのだろう。
もちろん、ユーゴスラビアという国はもう存在しない。ベルリンの壁の崩壊を機に、もともとマルチなエスニック国家だったこの共産圏の一角は、90年代、分離独立を目指す民族抗争に突入。いま現在、スロベニア、クロアチア、ボスニア&ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、そしてコソボと7つの国に分かれている。
この戦禍のイメージ、爆撃による瓦礫と化した市街のイメージが強かっただけに、見るべき建築など残っているのだろうかと半信半疑だったが、びっくりするほど斬新な建物の例が、模型や図面、写真や映像で紹介されている。
まず目を惹かれたのは、円形のスタジアム。両サイドの観覧席の頭上を覆うように三日月型の屋根が張り出し、全天候型とはいわずとも、実にモダンな外観だ。70年代後半、アドリア海沿岸の観光都市スプリトに建設され、設計はボリス・マガシュ。墨でしゅっと描いたような構想スケッチも素晴らしい。
次に目を奪われたのは、ドーム屋根がブクブクと何十個も膨らんでいるユニークな建物。透し彫り的メッシュの壁面といい、イスラム建築の影響大だが、実際、クリスチャンとムスリムが共存するコソボの大学図書館として80年代初頭に竣工した。大型パネルの写真に写るその姿は、人気ない佇まいだが、いまも使われているという。
さらに目に入った温室のごときガラス建築の模型。かつての首都ベオグラードにある現代美術館だ。「えっ、コンテンポラリー・アートの美術館?」「建設の始まりは1959年?」ーー日本でさえ、現代アートの美術館が登場するのは、80年代に入ってからだった。こうした公共建築を見るだけで、「ユーゴスラビア=共産圏の田舎の国」という私の印象は、ガラガラと音を立てて崩れてしまった。
この国は、カリスマ的なチトー大統領のもと、戦後わずか数年でスターリンのソ連とは袂を分かち、東西陣営のどちらにも与しない「非同盟主義」を掲げて自主路線を貫いたという。第三世界の盟主としてアフリカや中東諸国の建設にも尽力し、国内では、鉄筋コンクリートによる無駄のない集合住宅や高層のオフィスビルが次々と建設された。そのモダンな勇姿は、国際様式として世界に浸透したル・コルビュジェやミース・ファン・デル・ローエのモダニズム建築に重なっている。
63年、マケドニアのスコピエを襲った大地震では、市の大部分が倒壊し、復興のための国際コンペで第一位に選ばれたのが、日本の丹下健三だった。実際には建設されずに終わったようだが、「メタボリズム」の名で知られる有機的な都市計画の構想は、かの地の若き建築家に大きな影響を与えたという。展示には、この丹下のマスタープランのオリジナル模型(スコピエ市美術館蔵)が登場する。
同様に興味深いのは、「国家のアイデンティティ」とタイトルされた最後の部屋の展示である。複数の言葉と民族からなる連邦国家を代表し、両大戦で痛手を負った国の歴史を語るとなれば、その表現は、建築ならぬモニュメントだろう。いや、「革命記念碑」「民族蜂起に捧ぐ」などとタイトルされたモニュメントは、どれも建物ほどに大きい。だだっ広い荒野の中、風化し、一部未完のその姿は、過去の遺物というより、逆に未来へ向けての宣言のように迫ってくる。
こんな建築展があっただろうか。新たに制作された模型ばかりか、MoMAの撮り下ろしによる数々の建築写真も効果をあげている。カラー写真のはずが、背景ともどもモノクロのような暗い色調に統一され、細部と全体を捉えた圧巻の構図。この巨大パネルの写真を見るだけでも面白い。この夏一番の美術展と言えよう。(藤森愛実)

Toward a Concrete Utopia:
Architecture in Yugoslavia, 1948–1980
■2019年1月13日(日)まで
■会場:The Museum of Modern Art
 11 W. 53rd St.
■大人$25、シニア$18、学生$14
 16歳以下無料、金(4pm-8pm)無料
www.moma.org


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