2022年8月5日号 Vol.427

NYAFF対顔(前編)

20周年を迎えた「ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」が7月末で閉幕した。日本から長編9本、短編3本が上映され、多数の監督、出演者、関係者が来米し、レッドカーペットを飾った。本紙では2号に渡り、独断で選んだ4作品の「制作秘話」を紹介。

「異動辞令は音楽隊!」Offbeat Cops
内田英治 監督「音楽に救われた」
阿部寛「音楽の持つ力 見た」

レッドカーペットに登場した阿部(左)と内田監督(Photo by KC of Yomitime)

他人と協調できない刑事・成瀬司が、まさかの音楽隊へ異動。寡黙で不器用な「昭和の男」を阿部寛が演じ、彼を取り巻く人間模様を内田英治監督が見事に描くヒューマンドラマ「異動辞令は音楽隊!」。

内田 自身が挫折しそうになった時、音楽に救われた過去があり、その想いを映画にしました。10年以上前ですが、ある作品の完成後、突然上映中止に。落ち込んでいた時、音楽フェスに行く機会があり、音楽を聴くことで気持ちが楽になった、目の前が開けた感じがしたんです。それまでは映画一辺倒だったので、音楽に出会って良かったと思います。

ちなみに、監督が好きなアーティストは、ローリング・ストーンズだそうだ。



阿部が演じる成瀬は、音楽隊でドラムを担当。劇中で鮮やかなスティックさばきを披露している。音楽は苦手だったという阿部は、撮影に入る数ヵ月前からレッスンを開始したという。

「練習を重ねたことでリズム感がよくなった」と振り返る阿部 © 2022 "Offbeat Cops" Film Partners

阿部 左右の手が違う動きをし、それに足が加わる訳で、気を失いそうになりました(笑)。レッスンは続けましたが全然馴染んで来なく、自分はなんと音感・リズム感が無いんだ、と痛感しました。

そんな阿部を変えたのが、「神様」と言われるドラマー、バディー・リッチだった。

阿部 ドラムは『乱暴に叩く』というイメージだったのですが、彼のドラムは繊細で、雫が垂れるようなんです。それで興味が湧いて、とにかく練習を重ねたことでだんだんとリズムが良くなっていきました。

本番中も練習だったと振り返る。

阿部 楽器を演奏し、歌い始めると、一瞬にして世界が変わる、暗かった顔が笑顔になる。今回は、音楽の持つ力を垣間見ました。楽器を演奏したことで、ミュージシャンの気持ちも疑似体験でき、とても良い経験をさせてもらったと思っています。部活のように、皆が一つの目的に向かって作品を作り上げていく、そういう体験も宝になりましたね。

「スター・アジア賞」を受賞した阿部(Photo © NYAFF, Gavin Li)

内田 人間模様がメインテーマでしたので、警察組織を通した職場事情、新しい環境に馴染めない男性の心情などの描写を増やしました。

阿部 恋愛要素を入れて欲しかったですね。

内田 ひとつだけ、そんな場面もありましたよ。でも成瀬は昭和の古臭い警官だから、そんなコト(恋愛)には発展しないんですね(笑)。

内田監督が初めて阿部に会った時、「この役にぴったりだ」と手を叩きそうになったという。

内田 今でも鮮明に覚えています。阿部さんが近づいてきた時、『あぁ、成瀬だ』と。僕が小さい頃に見た無口でちょっと怖くて威厳がある日本のお父さん。そのイメージに阿部さんがぴったりでした。阿部さんに合わせて言葉尻など脚本を書き直した部分も多く、撮影中にも変えました。今回に限ったわけではありませんが、役者さんに脚本通りやってもらうのではなく、最高の状況を引き出してもらいたい。そのために書き直すことはよくあります。

本作で阿部は、日本人初の「スター・アジア賞」を受賞した。

阿部 劇中、成瀬がドラムスティックを持って練習場に歩いていく場面があるんです。台本を読んだときはそれほど重要だと思わなかったんですが、演じた後、映像で歩く成瀬の後ろ姿を、彼の心が変化した姿をみて感動しました。この映画はそういった描写がすごい素敵だなと思っています。

登壇し挨拶する内田監督(左)と阿部(右)(Photo by KC of Yomitime)

上映当日、ステージに上がった内田監督と阿部。

阿部 「素晴らしい賞を頂き本当に嬉しく思っています。この映画祭に尽力してくださったスタッフの皆さん、私のこれまでの作品を手掛けてくださった皆さんにも改めてお礼を言わせてください。本当にどうもありがとうございます」と英語で挨拶。

内田 「NY市警にも有名な音楽隊があるので、僕の夢は阿部さんがNY市警の音楽隊と対決する『パート2』を撮ることです!」と話し、会場を沸かせた。(敬称略)


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