2019年7月26日号 Vol.354

半世紀でアメリカは
どのように変化したのか…
ハイラインの少女像とグループ展


Simone Leigh, Brick House, 2019. Photo by Timothy Schenck. Courtesy the High Line


iMartin Wong, Viva tu Vida (Print for bullet – Your House is Mine), 1988. Courtesy of the Estate of Martin Wong and PPOW, New York


Installation View of A Look Back: 50 Years After Stonewall. Courtesy of the artists and Fort Gansevoort, New York


いまや大人気、大混雑の観光スポット「ハイライン」に、この夏、新しいアートが加わった。昔の高架鉄道の線路が枝分かれした部分(貨物列車がビル内に進入する際に使われていた鉄橋部分)が広々とした彫刻プラザに生まれ変わり、その第一弾として登場したのが、いまもっとも活躍する黒人女性作家シモーン・リー(1967年生まれ)のブロンズ製の少女像だ。
リーの存在は、3年前の夏、ハーレムの公園に展示された新人作家たちの彫刻展でも話題だったが、以来、あれよあれよという間に主要美術展に名を連ね、昨年は、グッゲンハイム美術館主催の「ヒューゴ・ボス」賞を受賞。現在、同館で個展が開催され、今年のホイットニー・ビエンナーレの選抜作家ともなっている。
その作品はといえば、セラミックや藁を素材とするどっしりとした彫刻で、家や身体を想起させるものが多い。今回のお下げ髪の少女像は、少女とはいえ、あまりに巨大。高さは5メートル近くあり、首から下の胴体部分はスカートかテントのように膨らんでいる。西アフリカに伝わる円錐形の住居やミシシッピ州にある人気レストラン「マミーの食器棚」(スカートの形をした外観)がベースにあるという。
「ブリックハウス」と題されたこの巨大作品は、「建築の解剖学」シリーズからの1点で、周囲に林立するガラスの超高層ビルをも圧倒する力強さだ。それは慈しみの力とでもいったもの。ハイライン広場で全体像として眺めるより、10番街の歩道からゆっくりと近づき、鉄橋の上に顔を出すそのお姿を目にした時、いっそう心打たれるものがあるようだ。私たちの現実、アメリカの歴史、すべてを包み込む慈愛の姿である。

ハイラインの南の起点に目を移せば、ホイットニー美術館からは目と鼻の先、その名も「ガンゼブート通りの砦」というべき画廊の存在が面白い。米南部の画家の仕事や、装飾性の強いコラージュやオブジェなど、チェルシーの画廊街とは一線を画すアートを紹介してきた中、この夏は、1969年の「ストーンウォールの反乱」から50年を記念するグループ展を開催中だ。
69年6月28日の未明、ビレッジのクリストファー通りのゲイバー「ストーンウォール・イン」に私服警官を含む数人が強制捜査に踏み込み、客の若者や女装のダンサーらと衝突。乱闘は5日間にも及んだ。この事件がもとで、ゲイ解放運動が大々的に広がり、翌年からNY恒例のゲイ・プライドのパレードも始まっている。
実のところ、今年に入って「LGBTQ+」関連のアート展は引きも切らず、美術館や画廊での展示が続いている。80年代のエイズ禍を含め、当時の写真や映像のほか、ゲイの作家のアート作品など、内容に大差はないものの、本展が特徴的なのは、スペース自体に懐かしさ、時代の面影が残っていることだ。
ホテルやレストランに囲まれた洒落たミートパッキング地区の中、ここだけは昔のままの間口の狭いタウンハウスで、木のドアを開けた先には、カウンターやテーブルが広がり、窓越しにオブジェが並ぶ。2階にはピーター・フジャーのポートレート写真や、人形作家グリア・ランクトンのビジュー尽くしのマネキンの足、マーティン・ウォンの独特のレタリングによるポスターなどが登場。ハイライトは3階の展示だろうか。
実はこのタウンハウス、80年代にビデオアーティストのネルソン・サリバンが住み、89年に亡くなるまで、ドラァグクイーンのルポールや「ビレッジボイス」の名物ライター、マイケル・ムストらが訪れる賑やかなサロンだったという。3階には、そんな時代の映像が途切れなく流れ、サリバンへのオマージュである油彩画や女装写真が展示されている。
オープニングには、当時を知る人々や写真に撮られた仲間たちが、いまやオジサン、オバサンの姿で現れ、アットホームな雰囲気。50周年といえば、国家の威信をかけた歴史的イベント「アポロ月面着陸」を記念する展覧会も目立つが、同じ半世紀でどちらがどれほど「進化」したのか。ちょっと感慨深い幕開けでもあった。(藤森愛実)

Simone Leigh: Brick House
■2020年9月末まで
■会場:High Line Spur
 W. 30th St. & 10th Ave.
■無料
www.thehighline.org

A Look Back: 50 Years After Stonewall
■8月10日(土)まで
■会場:Fort Gansevoort
 5 Ninth Ave.
 無料
www.fortgansevoort.com



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