2020年7月24日号 Vol.378

社会派アーチスト
飯塚国雄さん逝去



1960年代からニューヨークのアートシーンで活躍してきた美術家で、ニューヨーク日本人美術家協会(Japanese Artists Association of New York=JAANY)会長でもある飯塚国雄(いいづか・くにお)さん=写真=が、7月14日、市内の病院で死去した。81歳だった。

飯塚さんは、COVID-19感染により4月初旬にマウントサイナイ・ウエスト(旧称ルーズベルト)病院に入院。約1ヵ月間の壮絶な闘病と治療を経て陰性となり退院。その後、リハビリ施設に移動したが、持病だった心臓の不調などで再入院、治療を受けていたが心疾患が悪化し、同病院で亡くなった。

1939年東京生まれ。1961年に来米し、ロサンゼルスのオーティス・アートインスティチュートで学んだ後、64年にニューヨークに。68年にはアート・スチューデンツリーグで彫刻の教鞭をとった。当時米国社会で厳しい状況に置かれていた日本人アーチストたちの助け合いと前進の場とするため、73年、ニューヨーク日本人美術家協会を設立。2013年に会長に復帰して指揮を執っていた。

来米後、生き別れていた父親 が被爆者であることを知り衝撃を受け、反核がその後の制作の原動力となった。1995年、国連で「反核展」、2007年、立命館大国際平和ミュージアムでの個展を開催。作品は、長崎市平和会館、群馬県立美術館、タイムワーナーなど多くの施設に収蔵されている。紺綬褒章を2度受章した。


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