2022年7月22日号 Vol.426

音色に乗せて願う
人々の幸せで豊かな人生
ジャズ・トランペッター 大野 俊三

Photo courtesy of the artist

ジャズ・トランペッターでコンポーザー、アレンジャーの大野俊三=写真=は、2度のグラミー賞に輝いた日本を代表するミュージシャンだ。7月30日(土)、「ジョーズ・パブ」でライブ「メタモーフォシス(Metamorphosis)」を開催、昨年発表した同名新曲もあわせて披露する。

およそ2年間に渡ったパンデミック。連日聞こえてくる大勢の死者数に加え、差別や暴力事件のニュースに、「溜まっていく不安やフラストレーションをどこにぶつければ良いのかわからなかった」と話す。一方、改めて自分自身を見つめ直す時間が持てた、と振り返る。

「自分の音楽は何のためか? 人に見せるためか? いや、そうじゃない…など、自問自答を繰り返していました。そんな時、広告で『Hope is Power(希望は力)』というコピーを目にしました。自分のビジョンをどこに置くか、人生の目的は何か、困難な時期だからこそ、どのように希望を力に変えて前進するかなど、掘り下げて考えることができました」



音楽家としては作曲も重要だが、やはり「トランペッター」を続けていきたいという大野、原点は少年時代に遡る。

「小学生の頃、学校で文部省推薦の映画を観に行く授業がありました。宮本武蔵の映画が印象に残っていますが、感銘をうけたのは『トランペット少年』(関川秀雄監督)でした」

中学生になり、部活の新入部員勧誘で「トランペット少年」を思い出し、吹奏楽部に入部。トランペッターへの道を歩み始めた。

「常に最高の音楽を披露するためには、創作や練習はもちろん、体調管理も重要。世界的なトランペッターのドック・セべリンセンは現在95歳ですが、演奏に衰えを全く感じない。73歳になった私が今後も続けていくため、体力維持にも気を配っています」

Photo courtesy of the artist

多数のアワードに輝いた大野だが、交通事故で唇を損傷、扁桃がんにも苦しんだ。

「事故以前、トランペットはただ好きだから演奏していたのですが、事故の影響で思うように吹けなくなってしまった。懸命に練習しましたが、上手くいかない、悔しい、でも諦めたくない。苦しんだ末に辿り着いたのは、『出来る・出来ない』といった考え方ではなく、自分自身を表現しようということ。ハンデを含む全ての自分を肯定していくことが、私の『チャレンジ』になりました。とはいえ、上手く演奏できなかった事実を肯定するのは難しい。とにかく、自分を褒めることで気持ちをポジティブに変化させる。感謝の気持ちを持つことも『チャレンジ』です」

2014年、大野は世界最大級の国際作曲コンペティションでグランプリを受賞。「Musashi(ムサシ)」と名付けられた曲だ。大野が病いを煩い、友人宅で療養していた際、枕元に吉川英治の小説「宮本武蔵」全10巻があった。「それまで滅多に本は読まなかったんですが、読破しました。何もすることがなかったので(笑)」

Photo courtesy of the artist

2011年以降、精力的に「東日本大震災」や「熊本地震」の被災地を訪問、演奏と講演を行っている。きっかけは知人からの紹介だった。

「仙台の元中学校の校長先生を紹介されたのですが、その先生が『大野さんは大変な人生を歩んでこられたにも関わらず、とにかく諦めない、負けないという姿勢、病気や事故からの復活を、生徒たちに話して欲しい。被災した彼らにとって、とても大きな力になるでしょう』と。私で役に立てるならばと始め、継続しています」。現在、被災地で若い世代との交流は、欠かせないものになった。
「孤児が集まる施設を訪問した時、想像すらしなかった彼らの過酷な現状を知りました。難しい状況にありながらも、子どもたちから感じた大きなエネルギー。私の話に耳を傾け、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ立ち直っていく。彼らのプラス思考から、学ぶことも多いですよ」
子どもたちと過ごした経験は、大野の制作意欲に繋がる。アルバム「All in One」(13年)、「ReNew」(16年)、「Dreamer」(18年)は、どれも「前向き」で「力強いメッセージ」を訴えたもの。根底には、自身の経験と復活、子どもたちの輝きがあった。

パンデミック中に手がけた新曲「メタモーフォシス(Me-tamorphosis)」。「変質」「変貌」「(生物の)変態」という意味で、大野は幼虫がさなぎから蝶に成長する「羽化」をイメージした。

「イモムシが蝶に変わり舞い上がる様子に希望を感じる人は多いでしょう。閉じこもっていた自分が殻を破って成長する、苦しい状況を乗り越えて前進しよう、そんなメッセージを込めました」

パンデミックから復活・再生しつつある世界。戦争、人種差別、銃撃事件など、ネガティブなことが多い現代社会で、大野が掲げるのは成長しチャレンジするための「羽化」であり「変貌」だ。

「恐れ、悔やんでいても現状は変わりません。今を受け入れ、自分自身を肯定する。そんな私の想いや情熱を、トランペットの響きに乗せて伝えることができれば嬉しい」

自己肯定感を高め、人生を幸せに、豊かに過ごして欲しい。大野の「メタモーフォシス」にはそんな願いが込められている。

■7月30日(土)7:00pm
■会場:Joe's Pub
 425 Lafayette St.
■$20 +ドリンク2杯または
 フード$12ミニマム(一人)
■Tel:212-539-8777
https://publictheater.org

★大野 俊三オフィシャルサイト
https://www.shunzoohno.com


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