2018年7月13日号 Vol.329

知る人ぞ知るカルト的存在
特別な時代の熱気に溢れ
「ラメルジー:疾走」

ラメルジー
Installation view of Rammellzee: Racing for Thunder. Photo by Lance Brewer © The Rammellzee Estate 2018, Courtesy Red Bull Arts New York

ラメルジー
Maestro, 1979. Photo by Lance Brewer © 2018 The Rammellzee Estate, Courtesy Yaki Kornblit and Red Bull Arts New York

ラメルジー
Rammellzee as "Vain" in NYC 2002. Photo by Keetja Allard © 2018 The Rammellzee Estate. Courtesy Red Bull Arts New York


名前も作品も知らなかったアーティストの展覧会だ。いま思えば、戦車のように列をなして宙に浮くスケートボードの作品をソーホーの画廊で一度見ていたかも知れない。本展においても、「レター・レーサーズ」とタイトルされたこのシリーズから2つの例が紹介され、廃品がくっついた派手なスケートボードの大群が天井から吊るされている。
作者のラメルジーは、1960年、イタリア人の母と黒人の父の間に生まれ、2010年に病気で亡くなった。地下鉄A列車の始発(終着?)駅があるクイーンズのファー・ロッカウェイのプロジェクト団地に育ち、10代の頃から、「名前ではなく数学の等式を表したもの」という「ラム=エル=ジー」を自称。後年、この名前がパスポートにも載る実名となった。
仲間からラムと呼ばれた若者は、70年代後半、アルファベットを崩した独特のグラフィティで注目を浴び、ファブ5レディや、「SAMO」のタグ(筆名)で神出鬼没のジャン=ミシェル・バスキアらと交流。バスキアとはライバルの火花を散らす仲だったという。本展には、グラフィティ時代の名残ともいうべき、文字と列車のモチーフによる版画や、「源氏物語絵巻」もかくやと思わせる不思議な遠近法のパネル画が登場し、興味津々だ。また、作家が触発されたという中世ゴシック時代の装飾写本も並び、独自の宇宙観や華麗な草書体へのこだわりが見て取れる。
アートばかりか、ラッパーとしても活躍したラム。バスキア手描きのジャケットで知られるシングル「ビート・ボップ」(1983)では、仲間のKーロブとコラボし、ヒップホップ史上に残る名盤としていまでも語り草だ。また、ジム・ジャームッシュ監督の映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984)の最後の場面に登場する背の高いハスラーが、彼。こうした80年代当時のジャンルを超えた活躍は、貴重な資料展示や、映画を含めたパフォーマンスの映像記録など、今回の厚みある展示で知ることができる。
逆にいえば、時代的な興味が先に立ち、80年代以降、この作家が手がけたスプレーペイントによる豪快な抽象画、廃品多用のコラージュやアッサンブラージュなどは、正直、そのサイズや強烈なネオンカラーほどにはインパクトはないかも知れない。ミラノやベルリンで個展が開催され、作品は瞬く間に売れたが、結局、ニューヨークの画廊システムの外にあった彼。その存在はやがて、知る人ぞ知る、いわばカルト的な名声を得て、より一層、神秘性を増すことになったようだ。
実際、仮面を被ってのモノローグや講義、音楽を含むパフォーマンスが多くなり、ガンダム戦士かモンスターか、はたまた歌舞伎役者の被り物かと思わせる、実に凝った巨大コスチュームの制作が中心となっていく。コスチュームはどれも、廃品のメタルや雑貨、バッジや工具に色づけしたハードなマスクと、ファッションデザイナーも顔負けの布地やファーを組み合わせたラディカルな衣装からなり、「ガベージ・ゴッド」とタイトルされたこの着ぐるみ展示が、本展の白眉となっている。と同時に、照明が落とされた黒い壁の空間で、マネキンや小さな模型の蛍光塗料の表面が不気味に発光するさまは、作家のスタジオだったトライベッカの広大なロフトを再現しているようだ。
とはいえ、資料と映像、たくさんの作品に囲まれながら、作家本人の人となりは見えないままだ。ラップの音声は、ときに意図的にしわがれ声に変声され、パフォーマンスの主役であっても、頭からつま先まで被り物で覆われているために、本人なのかどうか定かではない。生まれもっての名前も素性も封印されたまま。が、おそらく、自分を根本的に作り変えるというその意思にこそ、彼のアートの原点があったのだと解釈する人もいる。見る方の私もまた、彼が生きたニューヨーク、ある特別な時代の熱気に触れたくて、この展覧会に通ってしまう。毎週開かれる、ラメルジー関連のトークイベントも魅力的だ。(藤森愛実)

RAMMΣLLZΣΣ: Racing for Thunder
■8月26日(日)まで
■会場:Red Bull Arts New York
 220 W. 18th St.
■入場無料
redbullartsnewyork.com



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