2022年7月8日号 Vol.425

ダイナミックな着物の変容
刺激的な東西の対話
メトロポリタン美術館「着物スタイル」

三越や白木屋など既成の着物を売り始めた当時の百貨店を背景に入れた展示風景 All Images © The Metropolitan Museum of Art

子どもの頃から西洋への憧れが強く、成人式は当時流行のパンタロンスーツで決めた筆者には、着物のよさなど分かるはずもないが、この展覧会はちょっと違う。日本美術ギャラリーの全10室に広がる着物のファッション展。そう、スキャパレッリやバレンシアガら、メットの服飾研究所の所蔵による欧米のクチュール・ファッションとの比較が待っている。

最近の例で目を惹くのは、トム・ブラウンの三つ揃いのスーツだろうか。ジャケット、ベスト、ズボンの3点に竹や草花のモチーフがひと続きに流れ、着物の柄を思わせると同時に、隣に並ぶ男物の長襦袢と色合いがよく似ている。この昭和初期の長襦袢はグレーの濃淡に染められ、肩には大きく蜘蛛の模様が入り、ちょっと刺青風。下着とはいいながら、何とも粋なデザインだ。



ここであらためて本展の最初に戻り、伝統的な着物の意匠を眺めてみる。金銀の摺箔も豪奢な能装束や、初めて見る「大名奥方火事装束」。文字通り、火災の際に着用する女物の「火消し半纏」で、真っ赤なラシャの地に白絹と金糸で描かれた水飛沫が鮮やかだ。また、浅葱(あさつき)だの萌黄だのといった涼しげな色の単衣に刺繍された豪華絢爛の御所車や鵜飼いの図。いずれも江戸後期に伝わる一点ものの贅沢品である。

こうした注文仕立ての着物に対し、大正から昭和の時代にかけて量産されたのが「銘仙」着物である。銘仙は安価な屑繭の絹糸を用いた絣の織地で、着物の柄にはモダンなモチーフが多い。たとえば大ぶりのトンボが舞う「紺地蜻蛉模様銘仙単衣」。絵柄としてのトンボは珍しくはないが、秋の情景や物語絵の一部としてではなく、袖や身頃全体を覆うパターンとして描かれ、西洋のアールヌーボーの影響が見られるという。

(左)紫麻絽地矢羽根模様帷子(大正)Promised Gift of John C. Weber (右)Paul Poiret, Arrow of Gold Dress, 1925. The Metropolitan Museum of Art, Gift of Mrs. Robert A. Lovett, 1951

こうしたパターンには、北斎の大波図を簡素化した「白絹レノ地水玉模様」や、赤地に黒と白抜きの直線が交差する「赤地落雷模様」などがあり、元絵の由来は必ずしも西洋ばかりではないようだ。だが、折り鶴を平面的に描いたキュビスム風の図案は、まるで現代のグラフィティ。さらに赤青黄の色面が並ぶ「変り大格子模様銘仙着物」など、まさにピエト・モンドリアンの抽象画を思わせる。

とはいえ、当時の染師や織手が、同時代の西洋画に通じていたとは俄かに信じ難いのだが、本展を手がけた日本工芸キュレーター、モニカ・ビンチク氏によれば、記録資料があるのだという。

「図案家と呼ばれる意匠専門の職人たちの書庫が、今でも秩父や足利など銘仙の産地に残っています。そこには、欧米の美術雑誌や画集が保存されています。三越などデパートが売り出す銘仙着物は大人気で、図案家は常に新しいデザインを生み出す必要があったのですね。キュビスムや未来派のイメージは躍動的で、働く女性たちの着物にピッタリだったのでしょう」

Thom Browne, Ensemble, 2016. The Metropolitan Museum of Art, Gift of Thom Browne, in honor of Harold Koda, 2016

一方、日本の図柄を取り入れたドレスの例では、その名も「金の矢羽根」と題されたポール・ポワレのフラッパードレスがある。濃い紫の矢絣とともにペアで展示され、こうした刺激的な東西の対話が会場のあちこちで展開する。また、ポワレの一枚布によるオペラコートや、マドレーヌ・ヴィオネのバイアスカットによるドレスは、ストンとした直線断ちの着物スタイルをいち早く取り入れた例だろう。

展示の最後には、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーン、川久保玲や三宅一生ら、現代のデザイナーによる日本のキモノの読み直しが登場し、本展に華やかさを添えている。実際、江戸後期から明治維新を経て大正、昭和へと至るほぼ150年の着物スタイルの変遷は、予想以上にダイナミックだ。ふと実家の箪笥に遺されたままの母の着物に思いがいってしまう。

ちなみに、ここで取り上げた着物のすべて、すなわち能装束も長襦袢も銘仙の数々も、本展の副題にある通り、ジョン・C・ウェバー氏のコレクションである。(藤森愛実)

Kimono Style: The John C. Weber Collection
■2023年2月20日(月)まで(10月中に展示替え)
■会場:The Metropolitan Museum of Art
 1000 Fifth Ave.
■大人$30、シニア$22、学生 $17
※NY州在住者および NY州/NJ州/CT州の学生は入場料任意
www.metmuseum.org


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