2023年07月07日号 Vol.449

風光明媚な個人美術館で
E・ケリー回顧展
グレンストーン美術館

Ellsworth Kelly, Painting in Three Panels, 1956 © Ellsworth Kelly Foundation. Photo by Ron Amstutz; Courtesy Glenstone Museum

アメリカのお金持ちといえば、職種を問わずアート作品を集めている人が多い。作品の多くは、いずれ有名美術館に寄贈されたり、オークションで売却されたりするものだが、近年は、自ら美術館を立ち上げる人(夫妻)が増えてきた。ニューヨークのフリック・コレクションやモーガン・ライブラリーなど、20世紀初頭に頻出した富豪美術館の再来である。

そうした個人コレクターによる美術館の中でも全米で最大規模を誇るのが、ワシントンDCの郊外にあるグレンストーン美術館だ。ミッチェル&エミリー・ワイ・レイルズ夫妻による現代アートのコレクションで、開館は2006年。当初は、週に2日のみの公開だったが、2018年に「パビリオン」と呼ばれる新館がお披露目され、今では週4日オープンとなっている。



ギャラリーの広さもさることながら、300エーカーといわれる敷地全体がとにかく広い。駐車場の先にある到着ホールを経て、パビリオンからカフェ、本館へと続く遊歩道はそれぞれ距離があり、周囲にはジェフ・クーンズの花畑彫刻やマイケル・ハイザーの大地を切り裂くスチール彫刻など、大型の野外アートが点在している。まさに森の中の美術館だ。

Ellsworth Kelly, Yellow Curve, 1990 © Ellsworth Kelly Foundation. Photo by Ron Amstutz; Courtesy Glenstone Museum

常設作品ばかりか、エミリー館長の企画による特別展も注目である。この夏は、モノクロームの抽象画で知られるエルズワース・ケリー(1923〜2015)の生誕100周年を記念する回顧展が登場。夫妻の蒐集品のほか、欧米の美術館から借り出された代表作が揃い、絵画、彫刻、ドローイング、写真など、70年近いケリーのキャリアを網羅する構成となっている。

ハードエッジと形容されるケリーの絵画は、筆触も色ムラもない完璧な塗りによる画面に特徴があり、色と形、平面性のみが強調された、いわば機械的な抽象画のようだ。だが、1950年代の初期の絵画には、「窓」や「セーヌ川」といった題名にもある通り、日常の中のジオメトリーとの関係性が浮かび上がる。この点は、ケリーが撮り溜めたモノクロ写真のモチーフも同様で、なだらかな丘陵のカーブ、ハイウェイの白線、道路に立つポールとその影など、私たちの周囲にあるさまざまな形に反応しているようだ。

Jeff Koons, Split-Rocker, 2000 © Jeff Koons; Courtesy Glenstone Museum

ケリーは、第二次世界大戦の勃発により19歳で陸軍に入隊し、戦後、GIビルと呼ばれる「復員兵援護法」の助成を受けてパリに留学した。その滞在は、1948年から約6年間に及び、結果として、戦後アメリカ美術を代表する抽象表現主義の動向とは離れたところで独自の絵画を模索することになった。

帰国後、56年にはニューヨークの画廊で初個展。同年制作の「3枚のパネルによる絵画」は、翌年のホイットニー美術館の絵画展に選ばれる。単色や、複数の色の組み合わせによる画面は、やがて菱形や一部丸みを帯びた変形キャンバスへと移行し、1971年には、複合キャンバスによる「チャッサム」シリーズを発表。本展には、こうしたケリーのキャリアの節目となる作品が登場し、中でも白眉は、常設ギャラリーの一室を使った「黄色のカーブ」の展示である。床に置かれたその「黄色」は、柔和なスカイライトを浴びて燦然と輝いている。

グレンストーン美術館「パビリオン」全景 Photo by Iwan Baan; Courtesy Glenstone Museum

グレンストーン美術館は、ワシントン市内の多くの美術館同様、入館は無料。市の中心部から車で40分ほどかかるが、実は、メトロとバスを利用すれば美術館の駐車場に直行できる。地下鉄レッドラインのロックビル駅(メリーランド州方面の終点駅の一つ前)からローカルバスで30分ほど(片道2ドル)。通常、入館には事前予約が必要で2ヵ月先まで埋まっているという状況だが、このバスで到着する観客はフリーパスというのも嬉しい。初夏から紅葉の秋にかけて、ぜひ一日ゆっくりと訪れてみたい美術館である。(藤森愛実)

Ellsworth Kelly at 100
■2024年3月まで
 木〜日:10am〜5pm
■会場:Glenstone Museum
 12100 Glen Rd, Potomac, MD
■入館無料
www.glenstone.org


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